その254 ほとんど無害
――間に合ってくれ。頼む。
ぶっつけ本番。
できたてほやほやの『現実改変』スキルを発動。
すべてこれで、巧くいってくれるはず。
そう確信しているが、懸念点がないわけでもなかった。
ナナミさんの『現実改変』と、僕の『現実改変』。
その、どちらが優先されるだろうか、と。
これに関しては恐らく、お互いの持つ魔力の総量によって変わってくる。
ゲーム風に言うならば、『よりマジックポイントが高い方のルールが優先される』ということだ。
ナナミさんは、“冒険者ランキング”の上位ランカー。通常の魔力比べであれば勝ち目はないが――いまの彼女は、とても消耗している。
僕は、コールタールのようにとろみのある、珈琲と同質量の砂糖を混ぜた飲み物を一気に飲み干して、事態を見守った。
その時だ。
どう、と音を立て、部屋の扉が破壊される。
体長十センチほどの擬人化された輸入菓子の大群が、部屋に雪崩れ込んできたのだ。
『鏖しだ』
血に酔う洋菓子たちは、そのファンシーな見た目に反する物騒な台詞を吐き散らし、芋けんぴを尖らせた武器を手に襲いかかる。
逃げ回る“敗北者”たち。
それは、シュールな幼児向けアニメのような光景だった。
血に飢えたハリボーの騎士が、怠惰なウサギに襲いかかる。
殺意に狂うチュッパチャップスが、享楽的なキリギリスを一突きにする。
勇猛果敢なエムアンドエムズが、逃げ惑う北風に弓を射る。
ビスケットみたいなやつが。
苺パイみたいなやつが。
チョコクッキーみたいなやつが。
マシュマロみたいなやつが。
ありとあらゆる輸入菓子が、攻撃を始めた。
――“共感”が……来る、か?
息を呑みながら、事態を見守る。
だが結論から言うと、ダメージは発生しなかった。
『……………………?』
輸入菓子軍団の間で、徐々に動揺が広がっていく。
周囲では――今。
奇妙な、エメラルドグリーンの“粉”のようなものが浮遊していた。
恐怖に震えていた“敗北者”たちもそれぞれ、肉体の変化に気づく。
致命傷だったはずの怪我が、癒えているのだ。
『これは…………?』
北風が、不思議そうな表情でこちらを観ている。
――うまく、発動した。
それを確認して、PC画面に意識をうつす。
もはや、僕の部屋で起こっているあれこれは、状況と無関係だ。
僕はこの戦いを、終わらせなければならない。
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ここで、僕の『現実改変』スキルについて、簡単に説明しておく。
このスキルの着想が、先ほど語った“武器軟膏”に寄るものだということは、すでに説明させてもらった。
もとより僕が想定していたのは、遠距離から作用する、超強力な《治癒魔法》である。
どれほど強力な“治癒”かというと……その場に居る全員が、戦闘の継続を中断せざるを得ないほどの回復――即死さえ免れれば死に至らない《治癒魔法》だ。
僕はそもそも、この魔法を――戦争を回避するために使う予定だった。
一般に、“プレイヤー”同士の争いは不毛だ。
そこに、このスキルが加われば――戦いを強制的に止めさせることが可能になるのでは……と、そう考えたのである。
問題はこの、
・遠距離から作用する。
・その場の、あらゆる傷を癒やす。
・持続性が高い。
これらを両立させるロジックだ。
だがずっと、このスキルの完成は、不可能だと思っていた。
一般に、治癒魔法は、コストパフォーマンスがよくない。
これは、テレビゲームにおけるバランス調整にも言える問題で――キャラクターの回復能力が、ダメージ総量を上回るような作りは好ましくないためだ。
僕たちの参加している“ゲーム”も、同じようなことが言える。
プレイヤーが覚える《治癒魔法》は、その影響範囲を広げれば広げるほど、魔力の消耗が増大する傾向にあるのだ。
そこで、『現実改変』である。
ナナミさんは《あそびの世界》によって、この世から丸ごと、物理的なダメージを消滅させることができていた。
ならば僕にも、同じことができるはず。
――《ほとんど無害》。
平和な世の中を実現させる、僕なりのアプローチだ。
▼
そして、眉間を揉み。
――それにしても……くそっ。
地味なやらかしが発生している。
土壇場・アドリブでスキルを創り出してしまったが故に――《拠点作成Ⅴ》を材料にしてしまった。
PCは予備バッテリーで動いているが……空調を始めとする、ありとあらゆる快適な設備が停止してしまっている。
扉の修理以外にも、弟にはまた、いろいろと面倒をかける羽目になるだろう。
まあ、とはいえ。
それも、ちょうど良いかも知れない。
仲直りする、機会が得られるかもしれないし。
人生何ごとも、捉え方次第だ。




