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その253 チェックメイト

 がくん、と、ナナミは下を向いた。


「げ…………ほっ」


 ぼたぼたぼたと、床が血で汚れる。


 負けた。

 殺られる。


 まさか――まさか。

 こんな手があった、とは。


 最初から予定されていた?

 いや、違う。それなら、もっと早くこの手を使っていたはず。

 忌々しい……きっとこいつ、いま思いついたのだ。

 そうとしか思えない。


 杏奈と早矢香が消えたのは、今から一ヶ月ほど前のこと。

 “悪魔の証明書”の争奪戦に敗れて、死亡したものと思い込んでいた。


 だが、違った。

 まさか――囚われていたとは。


 しかもこの姿、……酷すぎる。

 ()()()()()()()()じゃないか。可哀想に。しかも、魔力切れを起こしている。餓死寸前だ。食事を与えられている様子はない。拷問でも受けたのか?


――くそっ。考えるな。


 “ランダム・エフェクト”の連中とは、距離を置いていたつもりが。

 単純接触効果というものがある。

 生来、人付き合いを重んじるナナミにとって杏奈は、“共感”の対象として十分だったらしい。


「……………………」


 傷口を押さえる。蛇口の水を抑えるように、血が止まらない。

 すぐさま、次の攻撃が来る――そう思っていたが、目の前の女はしばし、呆然と立ち尽くした状態で、明後日の方向を見ていた。


「――?」


 眉をひそめて、その様子を伺っていると……。


「…………えーっと。まじ?」


 なんだか小さく、ぶつぶつと呟いている。


「いや……こんな偶然、あるか? あれれれ? それだとなんか、おかしくない? …………あれ? ゴーキちゃん、私に嘘吐いてたってこと? …………いや、ないか。考えすぎ? ただ知らなかっただけの可能性も……」

「――?」


 様子が、おかしい。

 何かはわからないが、ヤツにとって想定外の事態が起こっているらしい。


「………………――」


 なんでもいい。

 チャンスがあるなら、逃げないと。


 もはやナナミは、奇跡に頼るしかなかった。


 ナナミは《時空器》に手を伸ばし……手早く、中のミニチュアを移動させようとする。


――先ほどのダメージを『なかったこと』にして、逃げる。


 それ以外、この場を逃れる方法はない。


「っと。それはそれとして……」


 しかし、それを許すほど、ヤツも甘くなかった。

 手元の《時空器》が蹴っ飛ばされ、掃除の行き届いたつるつるの床を滑る。


「NPCの分際で、攻略可能キャラを殺した貴女は、万死に値します」

「……………………――ッ」


 言葉の意味は分からないが、断固たる決意を感じる。


「ちなみに私、もうひとりのお仲間も、拘束させていただいておりますので」

「……………………」

「その方を、ここに召喚する。――チェックメイトです」

「………………ッ!」


 背中に体重がのり、虫けらのように踏みつけられる。

 と、その時だった。


 再びあの幻聴が、脳内に響き渡ったのは。





※ これまでのあらすじ


 駅構内にスイーツ民の祈りを込めた言霊が響き渡り世界が悲鳴を上げている。民の言霊が必然的に糖質制限と共時したとき東京駅構内に突如として一人の“語部”が現れた。語部は世界を憎んでおりこの宇宙を崩壊へと導く腹づもりで居る。その意識は徐々に、ヒトの持つ精神性とは乖離しつつあるが本人は特に気にしていない。彼女の存在はアリスの監視下にはあるもののアリスは結構、晩ごはんのおかずとか考えるのに忙しくてここのところ働いていない感じがする。故に複数の“語部”が形而下へと移行しつつあるが彼らはまだ聖なる信仰の元に力を得られておらずなんの価値もない。これでは論理構築に矛盾を来す恐れがあるのでギュッピリと波動律動をパラノ解析した。「この世界の常道性は、俺たちが守る!」現れたる、異界の神々。『喜劇』を司るアダム、『未来』のアーサー、そして『幻想』のルイス。

 バグの修正を急がなければならない。


 一方、魔王との戦いは佳境に到達しつつある。





 いよいよ狂気じみてきた幻聴に耳を傾けながら、ナナミは倒れ伏す。


――今更ながら、状況が呑み込めてきた。


 《あそびの世界》の登場人物は皆、どこか破滅的なところがある。

 故に、その観察者である我々もまた、破滅へと向かって行く……。


「…………アリス……か……」


 そう呟く彼女は、なんだか複雑そうにこちらを見下ろして。


「まあ、いいでしょう。――では、死んでください」


 がちゃりと“ドアノブ”を捻る。

 扉が産み出され――その向こう側から、人影。

 どさりと音がして……その“姿”を目の当たりにして。


 早矢香。

 杏奈に続いて、彼女の姿が……。


 歯を、強く食いしばる。




 きらいだきらいだこんなやつきらいだ大嫌いだぜんぜん好きじゃない好きじゃない大嫌いだそういえばこいつと一度飯を食いに行ったことがある「自分を殺しに来たヤツがさ。バカみたいに無意味で、ふざけた名前を名乗ったらさ。……きっと、すっごくシュールだと思うの」こいつはあたしの話に引いていたけどそれでも最後まで話を聞いてくれて考えるな考えるな頭がおかしくなる嫌いだそして、早矢香はこう応えたのだ。

 「この場所のルールは、とてもシンプルだ」考えるな「強いヤツが正しい」だからだからだから「あんたは正しい」だから「多少、頭がイカレていてもね」ここは心地よかった。


 ()()()()()を、望む程度には。




――来る。


 直感的に理解する。

 回避不能の、ダメージが来る。


 異変は、右目から。

 引き裂かれるような痛みが起こって……暗闇。

 どう、と、血が噴き出すのを、残った左目でぼんやりと見て。


 紙切れが破れるように――自身が引き裂かれていく。

 傷は見る見る、心臓へと向かって…………。


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