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その252 武器軟膏

※ これまでのあらすじ


 遠い昔、はるかかなたの世界線で……。


 トゥインキー1世が消えた。

 彼が不在の間にスイーツ王国軍の残党からチキン・ラーメンが生まれた。「すぐおいしい。すごくおいしい」――おやつ感覚で食べられる主食。革新派の彼は、最後の王族であるトゥインキーの抹殺を狙っていた。


 一方、エムアンドエムズ将軍は国の援助のもと、レジスタンスを率いていた。エムズの目的は、世界に平和を取り戻すこと。


 エムズは最も勇敢な兵士たちと共に都内某所へ向かった。そこでは、とある男が世界終焉の鍵を握っていた……。


 そんな中、根津ナナミは《あそびの世界》を発動。不確定性の増大により、彼女を中心とするありとあらゆる『現実』が改変されていく。

 狂気じみた世界観に呑まれる、先光灰里と狩場豪姫。


 そんな中、夢星最歩は逆転の一手を講じる。

 “ランダム・エフェクト”の一員にして――根津ナナミの手下、杏奈を召喚したのだ。

 変わり果てたその姿に“共感”してしまったナナミは、痛烈なダメージを負う。



 PC前。

 ゲーミングチェアに座ったまま、僕は頭を抱える。


――くそっ。


 またか。

 脳内に響き渡る、ノイズ混じりの情報。

 参考になるのかならないのか、得体の知れない謎の情報だ。


 起こっている異常性は、それだけに留まらない。


 いま、僕のすぐ隣では『うさぎと亀』に登場するうさぎが、ぼんやりと横になっていた。


『真剣勝負の最中だけど、一生ここで、寝ていたい』


 自堕落なうさぎは、ころりと横になったまま、動かない。


 その周囲では、『アリとキリギリス』に登場するキリギリスが享楽的な時間を過ごしており、欲張りな木こりが『私が落としたのは、金の斧です』と叫び、少年が一人、『オオカミが来たぞ』と嘘を吐く。


『あのブドウはどうせ、すっぱいブドウさ』


 そう呟く、腹を空かせたキツネ。

 ふかふかの毛並みを横目に、僕は起こった状況を察している。


 『北風と太陽』の、北風。

 ヤツの登場は、始まりに過ぎなかったらしい。


 ここにいる連中。

 こいつらみんな、“()()()”だ。


 なにがマズいって僕はいま、そうした連中に“共感”してしまっているということ。

 僕自身もまた、彼らと同じ立場。

 努力の末に、“とある失敗”を経験したものだから。


――もし、目の前のこいつらが傷つけられたら。


 極めて、深刻な状況になるだろう。

 場合によっては、致命傷を負うかもしれない。


 内心僕は、二つの思いに囚われている。


――このまま目と耳を閉じ、PCの電源を切ってしまう。


 ナナミさんの『現実改変』の影響が、どの範囲まで及ぶかわからない。

 だがいっそもう、何もかも投げ出してしまえば、この現象とおさらばできるかもしれない。

 そう思う一方で、もう一つの考えに囚われていた。


――ここで逃げれば、今度こそ……僕は本物の敗北者になる。


 と。


 覚悟が固まったのは正直、その瞬間だ。



 どん、どんと。

 部屋の扉が叩かれている。


 スイーツ王国の軍隊が、僕を始末しようと動いているのだ。

 彼らの要求は、『大いなる冷房スイッチ』の起動。

 スイーツの保存に適した室温の維持である。

 むろん、その要求を呑むわけにはいかなかった。

 これ以上、こちら側の優位を失う訳にはいかない。


 童話の世界の“敗北者”たちはみな、ベッドの上で震えていた。

 彼らはみな、『怠惰で、力も弱く、何ごとをもなしえない』習性を持つ。

 敵の侵略が始まれば、なすすべなく蹂躙されてしまうだろう。


「さて…………」


 息を呑み、思考に注意を払う。


 PC画面上には、とあるスキルに関する情報が表示されていた。




『戦闘を強制終了させるスキルの案』




 そう題されたテキストファイルの内容は、たったいま思いついたものではない。

 ずっと頭に思い描きながらも、実行に移せずにいた新スキル……その草案だ。


 僕だって、バカじゃあない。

 今後の戦いで、“新スキル”の概念が重要な意味を持つことは想像できていた。

 そんな僕の、とっておきの隠し球。

 逆転の一手となりうる、新たな能力。


 草案には目立つように、


『武器軟膏』


 という文字が入力されている。



 余談になるかもしれないがここで、“武器軟膏”と呼ばれる概念について触れておきたい。

 “武器軟膏”とは、かつてルネサンス後期に実在した傷薬の一種だ。


 この傷薬がユニークなのは、傷口ではなく、その傷をつけた()()()()()ことで作用するとされている点。


 武器に塗ることにより、人間の“共感”作用なるものが働いて、傷口が癒える――それが“武器軟膏”である。

 一説によるとこれは、海を隔てた向こう側に居ても効果があったという。


 むろんこのことは、現代医学の知識を持つ我々にしてみれば「ありえない・非科学的な」ことだとわかるだろう。

 興味深いのは当時、“武器軟膏”の「明白な効能」を示した数多の実例が存在していたという点だ。




『水腫、胸膜炎、痛風、めまい、てんかん、フランス痘、中風、癌、瘻、不潔な潰瘍、腫瘍、負傷、ヘルニア、四肢の切断、女性の月経過多、月経過少および不妊も、また熱病、消耗熱、萎縮症や、四肢の消耗など、なんらの直接的接触なしにこの治療は可能』




 ……とされたこの“武器軟膏”であるが、現代においてはこの効能は全て、自然治癒力によるものだと考えられている。

 16世紀の西洋で使われていた傷薬は、ワニの糞や蝮の油などを主原料とした、非常に不潔な代物であった。

 当時の医学は衛生観念に乏しかったため、傷口に不衛生な薬を塗るよりは、武器に塗っている方が『まだマシ』だったのである。

 故に長らく、“武器軟膏”と呼ばれる偽薬の効能が信じられる要因となった。


 この一連の事象は、現代を生きる我々に興味深い学びを与えてくれる。




 一つ。

 人間の合理性には限界がある。


 二つ。

 論理的な思考は時に、無関係な事象に相関を見いだす。


 三つ。

 ニセモノだからといって、常に役立たないとは、かぎらない。




 僕はこの、“武器軟膏”を参考に、新たなスキルを考案している。

 実を言うと、このスキルの完成は、ずっと保留にしてきた。

 何か、最後のピースが足りない気がしていたためだ。

 だが……それが、今。


――『現実改変』か。


 ぴたりと当てはまった、ような。



 僕が奥の手を思いついた、その時だった。


 ばきり。

 ドアの留め金が外れる。


 もはや、一刻の猶予もない。


 スイーツ王国の刺客が、迫りつつある。

 今すぐ、決断しなければ。


 そして、全てが終わったら。

 弟を呼んで、ドアを修理してもらおう。


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