その251 彼女の斃し方
※ 元気を取り戻した私視点。
「さしたる用もなかりせば。――これにて、御免」
その言葉がぎりぎり間に合ったのは、ラッキーでした。
私は正直、“ゾンビ使い”さんを信用していません。
とはいえ、彼しかハンバーガーさんを撃退できる手がなかったのも事実。
“箱”を渡すことは許しましたが――そこから先の展開は、慎重にことを進めています。
んでまー。
私が、予想していた通りの展開。
ゾンビ使いさんったら、ハンバーガーさんを殺さず、降参を迫ったのです。
“さしたる用もなかりせば”を発動させたのは、その次の瞬間でした。
私いったん、“舞台裏”の世界へと移動して。
――あーあ。面倒なことになっちゃった。
ちなみにこの“舞台裏”の世界というのは……なんと申しましょうか。
この世界の“裏側”みたいな空間です。
その空間では物質が影のような存在でできていて、ありとあらゆる影響を受け付けないようにできていました。
その空間で私は、茫洋とした影の一つとなって、“表側”の世界を観察しています。
とはいえその“観察”は完全なものではなく――ちょうど、低画質の映像を遠目に見るように、「なんとなく」でしか情報を識ることはできないのでした。
というわけで、この“さしたる用もなかりせば”……決して、万能の回避手段という訳ではなく。
ただ……“表側”の影の揺らめきから、“箱”が奪われたことを察します。
――ありゃりゃ。こうなったか。
詳しい流れはともかく……“ゾンビ使い”さんは失敗した、と。
そういうことでしょう。
ところで私は、先ほど“太陽”さんに言われた、
『君たちは、最初からずっと、“彼女”を殺すことが可能だった。それに気づいていないだけだ』
『岡目八目、とはよく言ったものだな。こんなにも明白な事実なのに、当の本人は気づかないとは…………』
このセリフについて、ようやく検討をつけることが出来てます。
“彼女”を殺す方法――。
ハンバーガー大好き太郎さんとの、数少ない接点を考えることで……結論を見いだすことができたのです。
そして私は、いったん“さしたる用もなかりせば”を解除。
すぐさま“どこにでも行けるドアノブ”を使用して――とある場所へと移動しました。
そこは――以前、“おうどんに天かすたっぷり早矢香”さんと、“ジンジャエール無限飲み飲み杏奈”さんを誘い込んだ無人島でした。
そこにはいま、“魔力切れ”を起こした二人の女性が横たわっており……ただ、ぎりぎりのところで生命活動を維持しているのがわかります。
お二人とも、もともと美人という訳ではありませんでしたが……いまや、頬はこけ、目は落ちくぼみ、肌は土気色。酷い姿になり果てています。
周囲を見回すと――可哀想に、骨までしゃぶられたネズミの死骸が、山のように詰まれていました。
きっと彼女たち、彼らを食べて魔力を補給しようとしたのでしょう。
でもまー、いろいろあって、今の状況に陥った、と。
「やあ、お二人さん」
私が声をかけても……彼女たちはただ、死んだ魚のような目を向けるだけ。
生きては、いない。
ただ、死んではいないだけ。そういう感じでした。
まあ、こんな空間に放置されてりゃ、そうなるか。
むしろ、よく生きてたなって感じ。
「どもども。今回はちょっぴり、お力を借りたく存じます」
私がそういうと、
「あ………………ぅ…………」
と、早矢香さんの方が口を開きました。
「なので、どちらか片方を……東京駅の構内へお連れしたいと思ってますけれど。どちらにします?」
「………………ぅ………………」
そうして、ゆっくりと反応を示します。
「ほん………………と…………?」
「ええ」
いずれにせよ、このままここにいても、死を待つだけ。
「なら……………………」
で、あれば。差し出された手を、ただがむしゃらに掴むしかない。
「わた…………しは……いい。杏奈を………たすけて……」
と、早矢香さん。
それは、私のような者ですら、ハッとするほど美しい友情でした。
腐れ外道にも、腐れ外道なりの愛が存在するということかな。
「いいでしょう。では、杏奈さんを」
悩んでいる暇は、ありませんでした。
私は“ドアノブ”をひねり――杏奈さんを、ハンバーガーさんの目の前へ転移させます。
それに続くように、私も東京駅の構内へ移動。
決着をつけましょう。
▼
どたん、ばたん、と杏奈さんを放り出し。
さて。どうなるかな? と、様子見。
私、正直、“ハンバーガー大好き太郎”さんと“ジンジャエール無限飲み飲み杏奈”さんの関係性、よくわかってません。
ただ一つ確かなのは……お二人の名前に共通の特徴があることと、数少ない“ランダム・エフェクト”の生き残りである、ということ。
現れた杏奈さんは、哀れっぽい表情で、
「……………………………う、あ…………う…………」
そう、呟きました。
都合が良いことに、すでに『破壊されている』状態の彼女は、息も絶え絶えに、仲間に助けを求めます。
それが――逆効果であることも気づかずに。
――さて。どうなるかな?
「………………ッ」
目を見開いたハンバーガーさんの口元から、たらりと、血がこぼれます。
「し…………ま…………!」
そして。
カラフルな道化衣装の下からでも分かるくらいはっきりと、赤い色が浮かび上がりました。
彼女の腹部が大きく傷つき、どくどくと血液が噴出しているのです。
――おお。効果てきめん。
どうやらお二人、そこそこ思い入れのある関係性だったみたいですわね。
そう思っていると、
「――ッ」
ハンバーガーさんは素早く、その場を離れようとします。
彼女が、後生大事に抱えているのは……“箱”。
むろん私は、逃すつもりはありません。
「甘い甘い」
私、苦笑しながら彼女の行く先に回り込み、
「さあ――それを渡しなさい」
「………………ぐ…………」
化粧が溶けた代わりに、ドス黒い血液で顔面を彩ったハンバーガーさんは、不自由な状態のまま、強烈な前蹴りを繰り出します。
通常であれば、即死してもおかしくない一撃ですけれど……今の状態は、普通じゃない。
私がそれを、甘んじて受け止めると……私の身体はどろりと溶けたスライムのようになって、その攻撃を受け流します。
「――ははっ」
思わず、笑みがこぼれました
世界の理に改変を加えたのは、ハンバーガーさん本人。
普通に蹴っても無駄なことくらい、本人が一番わかっているはずなのにね。
私はそのまま、“箱”を奪うべく、彼女に飛びかかります。
“裏世界”に退避していた私が、《あそびの世界》の影響に囚われたのは、その瞬間。
辺りを駆け回る、お菓子を擬人化した……と思われる、不可思議な生き物たち。
足を止め。
変わってしまった駅構内に、目を疑って。
「……なにこれ?」
アンパンマンの世界かな?
驚いていると……脳内に“幻聴”が聞こえてきました。




