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その250 あらすじ

※ 前回までのあらすじ。


 とある殺人事件の解決を依頼された、先光灰里と夢星最歩。

 二人はやがて、壊滅した東京駅へと辿り着く。

 ゾンビだらけと化した駅構内を目撃した二人は、


――全ての元凶は……根津ナナミだ。


 そう推理し、彼女との交戦を開始。

 対するナナミは、《あそびの世界》を発動する。

 “共感性”を武器とする『現実改変』スキルを前に、苦しめられる二人。

 やがて最歩は、逆転の光明を見いだす。


 一方、スイーツ王国の君主、トゥインキー1世は、食後のデザートにココアばかり飲んでいる関係でデザート評議会から追放されようとしていた。

 「ココアはデザートの一種」このロジックを成り立たせるために奮闘するトゥインキー1世。しかし、調査を進めるにつれ、衝撃の事実が判明する。

 全てはアイスクリーム派閥の陰謀であった。


「チョコミント味こそが至高」


 恐るべき暴論。

 そしていま、内乱の火蓋が落とされる……!



 これまでのあらすじ(幻聴)が、頭に流れ込んできて。


「………………ッ」


 眉間に皺を寄せる。

 なんなんだ、この情報は。意味があるのか?


 そう思うが――彼女は今、このように思っている。


――スイーツ王国の裏切り者……ポッピングシャワーを殺せ。やつは人気投票一位であることを良いことに、愛すべきチョコミントを辱めた。決して赦すわけにはいかない。


 と。


 根津ナナミ自身、《謎系魔法Ⅴ》の領域は未知数であったが。

 それはこれまで――ナナミが起こした中でも、ぶっちぎり最大級の“|不確定性《uncertainty》”であった。


『なんだなんだなんだッ!? 何が起こってる!?』


 ゴーキと名乗った悪魔少女も、顔を真っ青にしている。

 周囲の光景が……様変わりしているためだ。


 辺りは今、“スイーツ王国”と呼ばれる謎の空間に成り果てていて、右を見てもスイーツ、左を見てもスイーツという、実にメルヘンチックな空間に変貌していた。

 幻覚、ではない。


 ナナミの《あそびの世界》の影響で、世界の在り方が変異しているのだ。

 まるで、風邪の時に見る夢のように、脈絡のない世界に。


 ふと足下に視線を向けると――擬人化されたハリボーの軍隊が戦っている。チョコレート・ブラウニーを皆殺しにするためだ。


 スイーツ王国はいま、内乱による滅亡の危機に瀕していた。

 室内の温度が、高すぎる。

 知っての通り、スイーツの保存は冷暗所がベストであるとされている――今やこの辺りは、多くのスイーツにとって生存に適さない環境なのだ。

 世界の終末を目前にした菓子類が、暴走を始めている。


『冷房のスイッチを入れよ』


 彼らの主張は、それだ。

 恐らくいま、王国民のヘイトは“ゾンビ使い”へ向いている。


『……………………』


 そのためだろうか。

 現れたゾンビは今、ピタリと動きを止めていて、じっと虚空を見つめていた。

 あるいは――いま“本体”は、のっぴきならない状況に置かれているのかも。


――チャンスだ。


 内心、そう思う。

 いまこそ、“箱”……《時空器(ブランザー)》を取り戻すのだ。


 破天荒な状況だが、《あそびの世界》には決してぶれないルールも存在する。

 “共感”すべき対象が傷つけられた時……自身にも同様に、肉体的損傷が発生する、ということ。


「……………………」


 ゆっくりと。

 目の前の敵を――刺激しないよう、接近する。


『……………………』


 “ゾンビ使い”は、動かない。

 いや、動けないのかもしれない。


 いける。取り戻せる。

 そう思っているとふいに、足下に違和感。

 見るとそこには――スイーツ王国に迷い込んだ、哀れな旅人がいた。

 彼の名は、するめいか。ほどよく炙ったするめいかを、ハサミで細かくカットしたものだ。知っての通り、するめいかは糖質が低い。根津ナナミのように、すらりとした手足と腰周りのくびれを誇りに思う女にとっては極めて重要なおやつとなり得るのだ。


 これに、少量の醤油マヨネーズとつけて食べた日には――。


 と、その時だった。


『侵入者め……死ねッ!』


 内紛に巻き込まれたするめいかが、スイーツ王国の刺客に胸を突かれたのである。


『ぐ…………無念』


 ばたりと、力なく倒れるするめいか。


 同時に、根津ナナミもまた、胸の辺りに強烈な痛みを覚えた。

 血が、滲んでいる。


「しま…………っ」


 “共感”してしまったらしい。

 ナナミは膝を折り、たたらを踏むような仕草でその場に倒れかけた。


「――ッ」


 一瞬、無様にすっ転びかけ……。


「…………こいつッ!」


 脊髄反射的に、スイーツ王国の刺客をひねり潰す。

 刺客は雪見だいふくに手足が生えたような姿をしていて、それはどこか、小学生が考えた雑なマスコット・キャラクターのようだ。


 その時ナナミは、ふと、小学生の頃を思い出していた。


――私あの頃、オリジナルのロールプレイングゲームを考えていたんだ。


 その時考えた、スライム的なモンスターが、こんなデザインだった気がする。

 懐かしいなあ。

 あの頃に戻りたい。


「――…………ッ」


 ぎょっとして、深呼吸。


――いま…………。


 思考をリセットする。


――いま自分は、何を考えていた?


 わからない。

 ただ、……得体の知れない“共感”が、発生していた気がする。


――落ち着け。


 どうもこの世界、“こういうこと”が日常的に発生するらしい。


 見ると、ゴーキと名乗った、悪魔じみた格好の娘も、似たような状況に陥っている。……彼女はいま、『ガリバー旅行記』のワンシーンのように全身を縛られて、スニッカーズの兵隊に囲まれていた。


『ふええええ。悪かったよう。もう、歯磨きのあと、甘いものを食べないから……』


 恐るべき敵はいま、幼子のように泣きべそをかきながら、うんうんと唸っていた。


 反撃、出来ていない。

 恐らく彼女にとって、スニッカーズは特別なお菓子なのだ。


――この空間……。


 長居するのは危険だ。

 ナナミはそう心に思って、静止したゾンビの手から《時空器(ブランザー)》を奪い返す。


――よかった。


 ほっと安堵して、慎重に後退。

 まだ、危険な状況であることに変わりはない。

 《時空器(ブランザー)》は、おおよそ30センチ四方のコンクリートの箱で……ひどく、脆い。ちょっと床に叩き付けるだけで、がしゃん。壊れて粉々になるだろう。

 さすがに、これを持ったまま戦闘を続行する訳にはいかない。


――今のうちにこれを、安全な場所に逃がさないと。


 そう思っていると……ふと目の前に、奇妙なものが浮かんでいることに気づく。

 それは、床と平行に産み出された、木製のドアで――。


――またこれも、《あそびの世界》の影響か。


 そう思って、無視しようとして。


 がちゃりとドアノブが捻られ、扉が自然と開く。

 そしてそこから、ごろりと、一人の女が現れた。


――気にするな。無視しろ。


 そう思いつつ、現れた女の顔を見て。

 そして、背筋を凍らせる。


 ナナミは……現れたそいつに、見覚えがあったのだ。


「――杏奈ッ!?」


 死んだと思われた仲間の一人が、そこに居た。

 鼻の奥が、つんとする。

 死の香りがした。

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