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その247 光明

 最歩と豪姫が、その存在を露わにする。

 それは一見、異様な光景だった。


 何もない空間から、()()()と出現したのである。


『やっぱここ、蒸し暑いですわね……なんか暖房はいってない?』

『ああ。たぶん、“ゾンビ使い”の仕業だろう』

『ううう…………憂鬱が加速するぅ……』

『がんばれ、相棒』


 そうして最歩は、『よいしょ、よいしょ』と、老婆のように歩く。

 後ろに続く豪姫は、奇妙な“箱”を抱えていた。


『気をつけてくださいまし。乱暴に扱わないように』

『わかってる』

『ゴーキちゃんってちょっと、動作が荒いとこ、ありますから』

『うん。……それも、わかってる』


 二人、階下を目指している。


『いま“箱”を壊したら、どうなるんでしょ。……やっぱ、中の私たちごと、ぐしゃぐしゃになっちゃうのかしら』

『わからん』


 夢星最歩の、憂鬱なため息。

 どうも彼女、ただ歩いているだけで、気分が落ち込んでいくらしい。


『ねえ、ゴーキちゃん』

『あん?』

『なんか、――こっちから出向くのもアレですし。どこかで小休憩でも取りませんこと?』


 おいおい。


『“ゾンビ使い”が、時間を稼いでくれてる。待たせるのは悪いよ』

『そうかしら』

『これ以上あいつに、借りを作りたくない』

『……まあ、それは、そう』


 そして再び、歩き始める最歩。


『さて。ところでハンバーガーさんはいま、いずこ?』


 耳を澄ませる最歩。

 そこでちょうど、階下から破壊音が。

 根津ナナミが、目に付く空調を片っ端から破壊しているのだ。


『ひょっとしてハンバーガーさん、めちゃくちゃ暴れ回っているのでは?』

『そうかもな』


 そうして二人、来た道を引き返す格好で、非常階段を目指す。


『ところで、マスター』

『ん?』

『実を言うとあたし、ちょっと嫌な予感がしてる。――この“箱”、思ったより扱いが難しいかもしれない』

『どういうことです?』

『ちょい、見てて』


 そして豪姫が、箱をいったん、床に置く。

 中を覗き込むと、





『ところでマスター、気づいているか?』

「?」

『上、上?』

「うえ?」


 つられて、顔を上げます。

 すると……なんということでしょう。

 いつの間にか天井が取り払われていて……とんでもなく巨大な私とゴーキちゃんの顔が、こちらを覗き込んでいるのに気づいたのは。


「――うおっ!?」


 ぎょっと私、のけぞります。

 すると、超巨大な私が、にこりと笑ってこう言いました。


『――あっ。きぃぃぃぃぃづぅぅぅぅいぃぃぃぃたぁぁぁぁぁみぃぃぃぃたぁぁぁぁいぃぃぃぃ』





『あっ。気づいたみたい』


 と、最歩。

 箱の中には、ミニチュアの最歩と、ミニチュアの豪姫がいる。


『この“箱”は、過去改変を行うためのものだ。箱の中身は、過去のあたしたち自身を示している』

『はい』

『これが恐らく、ハンバーガー大好き太郎攻略の鍵になると思う』

『わかってますけど。なんで同じ説明を、もう一度繰り返してるんです?』

『必要だからだ』

『…………?』

『まあ、それはともかく。――見てろ』


 そのまま、ミニチュアの最歩を見守っていると……、




『やっぱここ、蒸し暑いですわね……なんか暖房はいってない?』

『ああ。たぶん、“ゾンビ使い”の仕業だろう』

『ううう…………憂鬱が加速するぅ……』

『がんばれ、相棒』


 そうして最歩は、『よいしょ、よいしょ』と、老婆のように歩く。

 後ろに続く豪姫は、奇妙な“箱”を抱えていた……。





 見覚えのある光景が再現されて。


『あらら。これは』

『やっぱりか。――これは、“箱”を中心とする数メートル四方の正方形を再現するようにできているらしい』

『ふむふむ』


 だんだん事情が呑み込めてきたぞ。

 と、いうことは……。


『やつの目の前に“箱”を持っていって、ぐしゃり。――そういう、単純な作戦はできないってことだ。……それをすると、中のあたしたちもぐしゃぐしゃになる』


 なるほど。

 “箱”の中で、最歩たちのミニチュアが活動している間は、“箱”を傷つける訳にはいかない、と。


『敵の“現実改変”が、この箱の影響を無視できるかどうかわからない以上――安全策をとらなきゃいけない。……あたしたちは、この“箱”が破壊されるとき、少し離れた場所に居なきゃいけないんだ』

『ふむ。にゃるほど』


 うんうんと納得して、……そののち、最歩は唇を尖らせた。


『でもそれって、すっごく難しくありませんこと』

『ああ。難しい』

『…………なんだか私、また憂鬱な気分になってきましたけれど。――それってそもそも、不可能なんじゃ……』

『いや。――こういう時の適任がいる』

『どなた?』

『“ゾンビ使い”だ』

『ああ、そっか』


 確かに。

 ゾンビを一匹、犠牲にする覚悟で運用すれば、その作戦は容易い。


『だったら、何とかして“ゾンビ使い”さんと連絡を取らないと』

『必要ない』

『え?』

『すぐそこの、防犯カメラ。――赤く点滅してるだろ』

『え。……あ』

()()()()()。集音マイクも付いてるから、音声も通じてるな』

『わ。ってことはこの会話、全部聞かれてたってこと?』

『そうなる。たぶんもう、この建物は、あいつの制御下にあるんだ』

『……ああ、だからか、さっきの説明口調……』

『そういうこと。さすがに、室内にまで監視カメラは設置されてなかったからな』



 ……と。

 監視カメラの映像を見守って。


 すでに僕は、ゾンビを一匹、彼女たちの元に送っている。


「やれやれ」


 大きな嘆息を、一つ。

 この戦い――ようやく、光明が見えてきたようだ。


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