その245 不毛な戦い
東京駅構内を舞台とする――果てしない追いかけっこ。
その最中に僕は、ナナミさんへの《スキル鑑定》に成功していた。
それによると、現在の彼女のスキル構成は、以下のようになっている。
ジョブ:“遊び人”
レベル:126
スキル:《性技(超級)》《なめまわし》《ぱふぱふ》《自然治癒(強)》《皮膚強化》《骨強化》《飢餓耐性(強)》《スキル鑑定》《謎系魔法Ⅰ~Ⅲ》《口笛》《風船爆弾》《パレード》《経験値増加Ⅹ》《攻撃力Ⅹ》《防御力Ⅹ》《視覚強化Ⅹ》《聴覚強化Ⅹ》《火系魔法Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅴ》《精神汚染耐性Ⅹ》《ローテンション》《あそびの世界》《時空器》
今のナナミさんは、“サンクチュアリ”に居た頃とスキル構成が変わっている。僕はそれらの情報を、あらかじめ作っていたExcelシートに流し込んだ。
こういう時、情報の整理にPCを使えるのは、僕の強みだ。
――追加されたスキルは……。
《あそびの世界》、《ローテンション》、《時空器》。
それに《謎系魔法Ⅱ》《謎系魔法Ⅲ》か。
また、消滅したスキルもある。
《狂気Ⅴ》
《魅力Ⅹ》
《あそび(超級)》
《魔力Ⅹ》
《ハイテンション》
《交渉術(超級)》
《応援》
《そっくりハウス》
《火系魔法Ⅳ》
これら九点だ。
「………………ふむ」
《謎系魔法》の使用にはリスクが伴う。
サポート役のいない実戦であの魔法を使うとは思えないから、――特に気をつけなければならないのは、彼女固有のスキルになるだろう。
つい先ほど、ナナミさんが『スキルの合成』について触れていた。
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――また、全ての”プレイヤー”に”魔力制御”に関するチュートリアルが行われます。
――”魔力制御”により、新たな”スキル”を習得可能。是非、ご活用下さい。
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というアナウンスが行われたのはもう、一年以上前のこと。
――“魔力制御”。
僕たち“プレイヤー”は、新しくスキルを作り替えることができる。
その方法は、それほど複雑ではない。
①自分オリジナルのスキルを考える。
②その、材料となるスキルを指定する。
③細かい仕様を調整する。
④できあがり。
基本はこんな感じだ。
なおこの時、材料に使ったスキルは、①で考えたスキルの仕様と関連していなければならない。
敵にダメージを与えたいなら、攻撃的なスキルを。
ポジティブな影響を想定しているなら、《治癒魔法》系のスキルを。
特殊な効果を発現させたいなら、特殊なスキルを。
これはつまり――“材料”となったスキルを考えれば、逆算的に新しいスキルの効果を予測することもできる、ということだ。
確定情報が得られる訳ではないが……それでも、推理しておくに越したことはない。
《あそびの世界》
恐らくいま、『現実改変』を引き起こしているスキル。
精神のダメージを肉体的なダメージに変換する。
⇒恐らく、《魔力Ⅹ》と《魅力Ⅹ》あたりが材料だろうか?
それプラス、《火系魔法Ⅳ》をダメージのリソースにしている、とか。
それだけではまだ、材料が足りていない気もするが……。
《ローテンション》
《ハイテンション》と《狂気》あたりを合成したのだろうか。
それと、《交渉術(超級)》、《応援》が組み合わさって、うつ病じみた症状を引き起こす力になっているらしい。
《時空器》
詳細は謎。
聞いたことのない名前のスキルだ。
“ブランザー”というワードを手持ちの辞書で調べても、そんな言葉は存在しない。
意味があるのか、それともナナミさんの造語か。
消去法的にたぶん、《そっくりハウス》を変化させたスキルなのだろうが、そもそも僕は、《そっくりハウス》がどういうスキルなのかを知らない。
「………………ふむ」
と、ここまで思索を巡らせて。
ふと喉元に、小骨が引っかかるような感覚になっている。
――これ……なんか、妙じゃないか?
直感的に、そう思って。
けれど、その在処までは思い至らない。
▼
不毛な追いかけっこが始まって、二十分ほどだろうか。
『ひひひひ。“ゾンビ使い”。――あんた、しつこいね』
ナナミさんの化粧が落ちてきている。
無理もない。その顔には、びっしょりと汗が浮かんでいたためだ。
「……よし。ようやく効いてきたか」
僕だって馬鹿じゃない。
このまま、ただ待ち続けている訳にはいかないには気づいていた。
だから、少しでも彼女の気が折れるよう、ちょっとした工夫をさせてもらってる。
駅構内はすでに、僕の操作するゾンビの制御下だ。
すでにその辺りの空調を操作して、室内に強力な熱風を送り込んでいる。
――どうも、《あそびの世界》が無効化できるダメージは、ある一定以上のものに限られるらしい。
『北風と太陽』。
力づくが通じないなら、真綿で首を絞めるように戦う。
童話の物語を参考に、思いついた作戦だ。
時期はすでに、初夏。
恐らく向こうは、地獄のような環境だろう。
『……ふぅ……ふぅ……』
ナナミさんの息が、僅かに荒れている。
徐々に、彼女のスタミナが失われていくのがわかる。
ゾンビは、疲れない。
ゾンビは、諦めない。
ゾンビは、どれほど不快な環境でも、活動を止めない。
こういうことができるのが“ゾンビ使い”の強みだ。
『ああ、くそっ。お化粧直ししないと』
僕たち“プレイヤー”の争いは、『気が乗らない』という、ただそれだけで収まるようなことが、多々ある。
僕たちの殺し合いはどこか、対戦格闘ゲームに似ている。
どこか、趣味的なのだ。
――怪我をしても、《治癒魔法》がある。
そういう世界の殺し合いは、かつての世界とは根本的に異なる。
命の価値が、軽くなる。
“終末”後、僕たちの倫理観は、そういう風に変わりつつあった。
『だったらもう、やめましょう』
予定調和的に、キー入力。
『そーいうわけにはいかない。こっちだって、必死なんだ』
『……ヒッシ? どういうイミです』
『だーかーらー。おしえて、やんないッ!』
追いかけっこが始まってから、十度は繰り返されている会話だ。
ナナミさん。
頼む。聞き分けてくれ。
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逆転の鍵を得られたのはそれから、数分後のことであった。




