その244 彼女の部屋
※ だんだん元気になってきた私視点。
『あそこだ』とゴーキちゃんが断じたのは……オフィス部屋の最奥――両開きになっている、『駅長室』と掲げられた部屋。
扉には巨大なニコちゃんマークの絵が描かれていて、ハンバーガー・ショップのチラシが、邪神を閉じ込めている御札のようにベタベタと貼り付けられていました。
「――?」
一瞬私、不思議な気分に囚われます。
――あれ。こんなに目立つモノがあったのに……。
今の今まで、気づかなかったなんて。
さっき私、室内をずらっと見回しましたわよね?
見過ごすはずがないんですけれど……。
『隠し扉だ。たぶん、普通じゃあ認識できないような術がかかっているんだろう』
……なるほど。
いやー、ゴーキちゃんを仲間にして良かったぁ。
「ってことは……」
『ああ。アタリがある可能性は高い』
ゴーキちゃんはさっそく、白粉の付着したドアノブを捻って、中に入ろうとします。
と、その時でした。
がつん。
彼女の頭部に、衝撃。
お笑い芸人が――強めのツッコミを入れられた時くらいの感じで。
「……わおわお」
私、一拍遅れて室内を覗き込み……そこに、トラップが仕掛けられていたことに気づきます。
どうも扉を開けると、自動的に弾が発射される作りになってたみたい。
銃にはご丁寧にも――『the joke is on you!』と書かれたメモが貼られていました。
「あーらら。引っかかっちゃいましたわね」
『……………………』
ゴーキちゃん、額に付いた銃弾の跡をごしごし拭います。
当然のように、ダメージはゼロ。
『くそっ。あんにゃろう』
私の創り出した“アクマ”は、伊達ではありません。物理的な攻防力なら、どんなプレイヤーにも負けないくらいなんです。
……そう。
普通に戦えれば、あんな“プレイヤー”一人、簡単にやっつけられるくらい強いはずなんですよ。ゴーキちゃんは。
「彼女、私たちが思ってたより、用意周到ですわね」
『だが――それだけ、中に入ってほしくないってことだ。そーだろ』
「前向きだなぁ」
『それが取り柄でね』
そうしてゴーキちゃん、私をソファに寝かせ、室内を探索し始めました。
ハンバーガーさんの私室は……一言で言えば、『簡素』の一言に尽きます。
彼女のキャラクターだと、室内もよっぽど派手派手なのかと思っていましたけれど、実際のところはそうでもなく。
仕事用の机と椅子がひとつずつ。
応接用のソファが二台。その手前にローテーブルが一つ。
部屋の奥には、『無病息災』と書かれた額がありました。
どうも、平時で使われていた駅長室を、そのまま使い回しているみたい。
――うーん。やっぱりこれ、ハズレかな。
というのが、正直なところで。
今の私、何をするにも、後ろ向きな考えばかりが浮かんでしまいます。
『大丈夫さ。賢い人間が、大量殺戮なんて思いつく訳ない。だろ?』
それは確かに、そうですけれど。
『今回の一件。……あたしには、衝動的な行動に思える。やつも、ここで「現実改変能力」とやらを使うのは想定外だったはずだ』
「………………」
そしてゴーキちゃん、(元)駅長さんのデスクをがさごそ。
『しっかし……ハンバーガーのやつ……アレだな。ぜんぜん片付けとかしてないっぽいな』
「そうなの?」
『ああ。前に使ってたやつの私物が入ったままだ』
「ふむ」
でもそれ、わざとじゃない?
木を隠すなら森の中。私物を隠すなら私物の中……っつって。
「やっぱりハンバーガーさん、私たちが思ってたより、ちゃんとしてる気がする」
『……。どうかな』
少し途方に暮れながら、探索を続けるゴーキちゃん。
『隠しごとをしていても――アクマの目は、誤魔化せないぜ』
文庫本に、簡易なボードゲーム、マクドナルドの割引券、知恵の輪に、子供のために買ったと思われる新品のお人形、絵本、クロスワード・パズルの雑誌に、電池の切れたスマホ……。
私物の中でも、「それっぽい」ものを見つけては、デスクの上に並べて行きます。
『……この辺のもの……どうかな』
「どうでしょ。なんかぜんぶ、元の駅長さんの私物な気もします」
中年のおじさんのデスクの中って、こんなものじゃないかしら。
知らんけど。
『うーん。いずれにせよ、ヤツの目の前でやらなきゃ意味がないってのが……』
「ええ。厄介ですわね」
ハンバーガーさんの『現実改変』は、精神のダメージを現実のダメージに変換する類のもの。
ということは、彼女の知らないところで私物を傷つけても、大したダメージにはならないはずで。
『想い出の品とか――なんか、そういうものがあればベストなんだが』
「ふーむ」
▼
と、そこで私、ソファの上で、ぼんやり窓を見て。
そこに浮かんでいる“太陽”さんに、声をかけてみます。
――ちなみに……あなた的には、どう?
訊ねると彼、私の顔をじっとみて、
『それ、私にきくかね』
――ヒントくらい、構わないでしょ。
『そうかなぁ』
――でもあなた、このままじゃ、よくわからん使い捨てキャラに終わってしまいましてよ。
『それは別に、気にしないけど』
――嘘ばっかり。あなたみたいなポッと出の考えることはわかってます。何らかの傷痕を残して、のちのち再登場することが目的なんでしょう?
私、知ってます。
この手のモブって――私みたいな、主役級のキャラに絡みたくって仕方がないんです。そういう生き物なんです。そうに決まってる。
『……ふーむ』
そして太陽さん、しばらく考え込んで。
『まあ。……ヒントくらいなら、構わないだろう』
――よしきた。
『君たちは、最初からずっと、“彼女”を殺すことが可能だった。それに気づいていないだけだ』
「――?」
『岡目八目、とはよく言ったものだな。こんなにも明白な事実なのに、当の本人は気づかないとは…………』
うむむむむ?
これまた、よくわからないことを……。
▼
…………と。
私が“太陽”さんとコンタクトしていると……。
『なあ、マスター』
「え?」
『さっきから、窓の方ばかり観てるけど。どうかしたか?』
と、ゴーキちゃん。
私、苦笑気味にこう応えます。
「いいえ。――なにも」
つって。
『それにしても、なんかアレだな』
「?」
『なんかこの部屋……さっきから、暑くね』
「え? ……ああ」
言われてみれば、そうかも。




