その243 縁
僕がナナミさんと会ったのは、“サンクチュアリ”と呼ばれる生存者グループに、初めて接触した時のことだ。
その時の僕は、新たな出会いを求めていた。
――『世界を救う』。
そう願って“プレイヤー”となり、レベルを上げて……活動範囲も広げ。
結果的に僕は、そこそこ強くなることができた。
だがこの世の中、それほど甘くはない。
多くの凡人がそうであるように――長い人生の中、必ずどこかで、現実を突きつけられる時が来るものだ。
僕一人だけでは、力不足であるという。……そういう、現実が。
だから僕は、“サンクチュアリ”の助力を必要としていた。
僕の計画に力を貸してくれそうな人材と、“プレイヤー”を求めて。
その時のナナミさんはまだ正気を保っていて――今みたいに道化師風の格好もしていなかった。
ナナミさんは、ごく普通の女性らしい格好で……活動的な服装を好む“プレイヤー”の中では、少し浮いているほどだった。
『結局、いまの彼氏とはどうなの』
『うまくいってるよ』
『あら、珍しい。あんたみたいな変人と、よくもまあ……』
『変わり者はお互い様でしょ。――だいたいあたしら、超人だよ? 一般人との恋愛なんて、うまくいかないのが普通なんだ』
『………………。まあ、それはそう』
『それなのに彼ったら、ぜんぜん気にしてないって言ってくれるの』
『はいはい。お熱いことで』
なんて。
年頃の女性らしい会話をしていて。
『こんにちは』
僕はまず、ナナミさんに頭を下げた。
次いで、その隣に居る友達にも。
僕はその時……ナナミさんから、とあるスキルについての情報を引き出したかった。“遊び人”が持つ、特殊なスキル――《謎系魔法》に関する情報だ。
僕自身、かつて《謎系魔法Ⅰ》を使ったことがある。
幼い“ゾンビ”が覚えていることの多いスキルで――使用にリスクがあるものの、運が良ければかなり強力な力を発するタイプの魔法だ。
『この、ナゾケイマホウについて、おしえてくれないか。“Ⅱ”以上のナゾケイがソンザイするなら、それについても……』
……と。
そこまで話し終えると……ナナミさんは、実につまらなそうにため息を吐く。
『あー、ごめん。そういう話ならあたし、パス』
『なぜです?』
僕の態度に不備があったのだろうか?
『《謎系魔法》に関しては、あんまり話さないって決めてるの。“終わらせるもの”との約束でね』
『それは、どうして?』
『世界を滅ぼしちゃうかも、だから』
そうしてナナミさんは、にべもなく去って行った。
『……………………』
僕の方も、彼女を追うようなことはしない。
僕が求めていたのは、この世界の『救い方』であって、『滅ぼし方』ではない。
その後僕は、《謎系魔法》に関する調査を打ち切ることとした。
“終末”後のプレイヤーは、忙しい。
無駄に時間を割いている暇はない。
彼女との縁は、それきりである。
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『ナナミさん』
『あーん?』
『おちついてください』
『なんだ、このゾンビ。――しゃべるのかよ』
『ぞんびツカいです、ぼく』
『は?』
『ほら――サンクチュアリでいちど、アイサツした……』
『えー? おぼえてないなぁ』
――くそっ。
顔に見覚えがなくて当然だ。
前会った時は、サクラを使っていたから……。
『だいたい、ザコの名前なんていちいち覚えてないっての』
『でも、ぼく、マジョのラクインです』
『はあ? だからどーした』
『だから、すこしは、キオクにのこってないかなって』
『おーぼーえーてーなーいー』
『…………。――ぼくは、あなたをコウゲキしたくない』
『だったらはやく……そこ、どきなっ』
東京駅構内では、かなり間の抜けた攻防が行われていた。
僕は、使役下のゾンビを忙しく切り替えながら、ナナミさんの行動を阻害している。
彼女の周囲にはいま、自動操縦のゾンビ五体が、彼女の行く手を阻もうと追いかけ回していた。
お互い、決定的な攻撃は繰り出さない。
そうしたくとも、できないのだ
相手への害意のこもった攻撃は、『現実改変』の性質により無効化される。
故に僕たちの勝負は……どこか、子供の喧嘩じみた引っ張りっこになっていた。
『あーーーーっ。んもーーーーーー。服をっ。掴むな!』
するりと身を躱すナナミさん。
彼女の動きは素早い。――が、僕だって並の“プレイヤー”ではない。
マウスを器用に動かし、彼女を追い詰めていく。
手が空けば、
『おねがいします。ハナシをきいてください』
素早く、キーボード入力。
ゾンビを通じて、彼女を説得しようと試みる。
『ひひひひ。やだーっ』
だがナナミさんは、まるで聞く耳を持ってくれない。
まったく、聞くだけならタダなのに。ここまで分からず屋とは。
――やはり、無理矢理いうことを聞かせるしかないのか?
そう思う。
だが……どうやって?
ナナミさんも、馬鹿ではない。
恐らく、わかりやすいヒントは与えてくれていないだろうし……そうなると、ある程度は運頼りの攻撃を仕掛けずにはいられない。
『ったく。そんなら一つ、面白いもんを見せて上げよう……』
そしてナナミさんが、懐に手を入れる。
『その口調――あんたきっと、男の子だよね?』
『なにを』
『そんなら、てめーら男が大好きな……エロ本とか、どーぉ?』
そう言って彼女が取りだしたのは、『週間ドスケベ巨乳』と題された本である。
『やめてください』
そう応えるまでもなく、――ナナミさんは、『週間ドスケベ巨乳』を黒焦げの灰に変えた。
「…………………………」
幸い、というか。
『ドスケベ』にも『巨乳』にも興味がない僕には、ほとんどノーダメージだ。
僕は、引き続きゾンビたちにナナミさんの行動を止めさせながら、
『おねがいします、やめてください』
と、キーボード入力。
『あれー? ひょっとしてあんた、おしり派の人?』
さすがに、それに応えるつもりはない。
『それとも――あんた実は、女とか?』
『…………………………』
無視、無視。
性別の感覚が危ういのは、僕の後輩二人組だけでいい。
そうしてナナミさん、面倒臭そうに腕を組む。
『顔が見えないから、何考えてるかわかんねぇ。――やっかいなやつだなぁ』
…………。
人殺しの考えることはわからない。
だったらもう、何もかも止めてしまえばいいのに。




