その242 すきなもの
※ まだまだテンション低め。私視点。
階下に到着すると――そこは、“ランダム・エフェクト”の連中が暮らしていたと思われる、ヤンチャ・ボーイたちの居住スペースが存在していました。
軽々と私を背負うゴーキちゃんの背中で、ぼんやり辺りを見回して。
泥と埃で曇った窓。
薄暗い照明。
隅の方へと追いやられたオフィスチェア。
調和に欠ける家具類。
片付けられていないタバコと、吸い殻でいっぱいの灰皿。
剥げた天井に壁紙。
壁一面に書かれた、子供の落書きじみたスプレー・アート。
食べ散らかされたジャンク・フードのカス。
弄ばれたゾンビの死体。
かつてはきっと、立派なオフィスであったであろうその空間は、“ランダム・エフェクト”のならず者たちにすっかり蹂躙されていました。
「……………………………………」
こういうの観てると、“ゾンビ”発生が人類から奪い取ったものの多さを思い知らされますわね。
理性を失った人類には、美しいものを蹂躙する性質があるのかも。
――やっぱ滅ぼさないとなぁ。人類。
と、ちょっぴり思って。
…………ん。
だんだん、やる気が復活してきた気もする。
『えーっと。――あいつの部屋は……どこかな』
ゴーキちゃんが、その辺りを歩いて回ります。
ゲームの描写が確かなら、“ランダム・エフェクト”は一応、かなり巨大なプレイヤー集団であったはず。
となると、彼らが過ごす居住区域も広いはずですけれど。
「でも――そんなに都合良く、見つかるかしら」
ハンバーガーさんの好きなもの、か。
「それならいっそ、どこかからハンバーガーを手に入れてくるってのはいかが?」
“ハンバーガー大好き太郎”って名乗るくらいですし――きっとそれが弱点じゃないかしら。そう思っての提案でしたが……、
『うんにゃ』
ゴーキちゃん、謎の生き物っぽく鳴いて、頭を振りました。
『それはダメだ。もしそんな真似してみろ。――あたしもダメージを受ける』
「え? ……あぁ……」
そっか。
それをするには、ゴーキちゃんがハンバーガーが嫌いである必要があるのか。
ってことは彼女、自分の通名にも罠を仕掛けていたってこと。
うへぇ。
賢い相棒がいなかったら、たぶん負けてたな。私。
『あの女、見た目よりかなり、計画的な戦い方をする。……さっき、あいつが傷つけて見せたもんもぜんぶ、あいつ自身が嫌ってるもんばっかりなんだろう。だから、アイツ自身にはダメージが発生していなかった』
へー。
ってことは彼女、あれか。
太りそうなもの全般が嫌いなんですのね。
同じ美少女として、気持ちはわかりますけれど……健康的な方ですこと。
『それと、もう一点。情報を共有しておきたい』
「――?」
『どうもあいつ……戦いが始まってからずーっと、嘘ばかり吐いてるみたいだ』
「どういうことです?」
『わからん。――だが、あたしには、“嘘を見抜く能力”があるだろ。……それがずーっと、反応し続けてるんだ』
「――?」
嘘……ですか。
「それってつまり……こういうこと? 彼女が取りだしたアイテムは、ある種の“贋作”だと」
『かも、しれない』
確かにそれ、あり得そう。
ハンバーガーさんのポケットには、なにか仕掛けがありそうでした。
彼女きっと……あのポケットからニセモノを取りだしていたんでしょう。
「それならもう、勝ち確定じゃありませんこと?」
そうとわかれば、彼女が取り出したものを“好き”にはならないはずです。
“好き”にならなければ……ダメージが発生しない。
彼女の行った『現実改変』のルール的には、それで問題ないはず。
『わかってないな、マスター』
するとゴーキちゃん、人差し指をカリッと噛んで、こう言いました。
『あたしはずっと、ヤツが取りだしたものをニセモノだと疑ってかかっていた。……その上で、あれだけのダメージを受けていたんだ』
「…………うへぇ」
『奴の能力は要するに、精神のダメージを肉体のダメージに変換する能力。――偽物だろーがなんだろーが、あたしが惹かれちまったら、それで十分なんだよ』
それ、やばくない?
「ってことは、こういうこと? ……もし、本当にゴーキちゃんが“好き”なものを、ハンバーガーさんが傷つけたら……」
『ああ。たぶんあたし、即死すると思う』
やば。
ひょっとして彼女、世界最強の“プレイヤー”なんじゃない?
『とはいえ――。ヤツが語った『現実改変』ルールそのものに嘘はなかった。たぶん、それを説明することも、この状況を引き出す条件の一つなんだろう』
「…………ふむ」
『ってことは、ハンバーガー大好き太郎自身にも、攻撃が通じるはず』
それは、そのはずですわね。
『あたしたちの勝ち筋は、変わらない。やつの“大切なもの”を見つけて、目の前で破壊する。……それだけだ』
「ふーむ」
でもそれ、かなり厄介では。
……ってか、上位ランカーの“プレイヤー”がみんな、このレベルの駆け引きを必要とするなら…………うーん。
正直今後、まともに渡り合える自信、なくなってきたんですけどー。
▼
……と。
ながながとおしゃべりしている間も、ゴーキちゃんはてきぱき探索を続けています。
もともとオフィスだったその空間は、大部屋が一つ、それに接続されている個室がいくつかあるだけでしたが……後付けで併設された小部屋も存在しています。
ただそれは、実にざっくばらんな雰囲気で解放されており……ここの人たちが実質、ほぼ同室で暮らしていたことがうかがえました。
――プライベートスペースゼロの生活とか……私じゃ耐えられないなぁ。
でも、ここの人たち、そういうことはあんまり気にしなかったっぽい。
仲間との距離が近い生活。
それを否定する訳ではありませんが……。
少なくとも、ゾンビ時代でそれをするのは、あまりにも不用心でした。
きっと、だからでしょうね。
仲間の裏切りに気づかず、一網打尽にされてしまったのは。
『見つけたぞ。たぶん、あそこだ』
やがて、ゴーキちゃんが見つけたその部屋は――。
恐らくもともと、駅長室だったと思われる空間でした。




