その241 大切な人
支配下においた“ゾンビ”を複数、自動操縦に。
東京駅構内を制御下におく。
ナナミさんの足止めをしながら――僕は、いまの僕に出来る策を講じていた。
情報収集、である。
無線で連絡をつけていたのは、工藤さんだった。
『うーん。……ナナミの情報、かぁ』
僕の知っている彼女の情報は、それほど多くない。
かつては“サンクチュアリ”の仲間だったが、今は“ランダム・エフェクト”に所属している――その程度だ。
『ぶっちゃけ私、あんまり、仲良くなかったからなぁ。舞以とか、蘭ちゃんとか――それこそ、“終わらせるもの”の方が……』
「知っていることなら、なんでもいいんです。彼女に関することなら」
『うーん』
かつて工藤さんは、ナナミさんと同じ場所で暮らしていた。
きっと何か、情報を持っているはず。
『強いて言うなら――そうね。ナナミって、生粋のエンターテイナーだったな。「面白ければ、何をしてもいい」系の人。炎上系の動画配信者っていうか』
ああ……。YouTuberにも、いたな。そういうタイプの人。
『知ってるかもしれないけど、当時の“ディスティニーアイランド”はちょっと、特殊な感じだったんだ。都内じゃ、唯一ネットが通じてたし』
聞いたことがある。
“ディスティニーアイランド”はかつて、動画配信によって生活が保障されるという、奇妙な空間であったらしい。
根津ナナミはそこで、多くの支持を集めた動画配信者の一人だ。
「ナナミさんが離反するきっかけって結局、なんだったんです?」
『わかんない』
「わからない? ――彼女ほどの“プレイヤー”が離れたんでしょう? 当時、なんらかの話題にはならなかったんですか?」
『なった、けど……』
無線越しに、工藤さんが深いため息をつく。
『ほら。終末後はいろいろ、大変だったからねぇ。“ゾンビ狩り”をやっているうちに、おかしくなっちゃう人も多くて』
「…………………………」
“ゾンビ狩り”。
今ではそう呼ばれている、“ゾンビ”と人類の戦争だ。
無限に沸き出でる“ゾンビ”を、機械的に殺して回る毎日は、――多くのプレイヤーに強い心的外傷を植え付けた。
ナナミさんも、その一人だということだろうか。
『まあ、どーいう理由にせよ。――ナナミは“サンクチュアリ”を離れた。そしてあの子は、何よりかけがえのない……“大切な人”を失ったんだ』
「…………」
『そんで、まあ。正気を失った……と』
すこし、押し黙る。
――大切な人、か。
神園優希。
天宮綴里。
先光亮平。
凪野美空、一色奏、雛罌粟雪美、メイドロボ・よし子、不忍かさね、宝浄寺早苗、空良美春……。
狩場、豪姫。
今の僕にとって、仲間と言える人たち。
『守るべき』存在。
彼らを失った時、僕は果たして、どういう思いに囚われるだろう。
――こんな世界、なくなってしまえばいい。
そう思ってもおかしくはない。
「本題に戻りましょう。もし――いまの彼女にとって“大切なもの”があるとしたら……?」
『そーねぇ』
工藤さんは、しばらく考え込んだ後、
『仲間……に、関係ありそうなもの、とか』
結論を導き出す。
これがゲームなら、赤文字で強調表示されていそうなヒントだ。
『あの子、ああ見えて友達想いなところがあったからね。――もし、そういうものを見つけられたら、ナナミにとって“大切なもの”と言えるかもしれない』
もちろん、都合良くそんなものが手に入るかは不明だが……。
『いずれにせよ。東京駅の住民を全滅させたってのは……流石に、見過ごせない。――いちおうこっちも、情報を集めてみるよ』
「すいません。頼みます」
『一応、“終わらせるもの”には連絡送ってるんだけどねー。なんでかあの娘、出払ってるみたい。ついてないよ』
「………………」
留守中か。
なんと、間が悪い。
“終わらせるもの”は、強い切り札だ。
彼女にかかれば、大抵の問題は解決に向かうだろう。
『とにかく。いまは時間を稼いで。ひょっとすると、当時の仲間と連絡がとれるかもしれないし』
「わかりました」
そう言って、無線を切る。
PC画面の中では、複数のゾンビVSナナミさんの、不毛な戦いが繰り広げられていた。
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押しとどめるゾンビ。
押し通ろうとするナナミさん。
その様子はまるで、ファンにもみくちゃにされる芸能人のようでもあった。
『あー……んもぉ。面倒臭いね……ッ』
モニターの中で、ナナミさんが毒づいている。
道化師じみた服装のせいで、ゾンビたちを振り払うのに苦戦しているらしい。
――やはりか。
『物理法則を書き換える』ほどの大技だ。
恐らくは使用に、大量の魔力が必要なのだろう。
故に、気軽にオン・オフを切り替えることができない。
そして彼女が、『現実改変』を続けている理由は、一つ。
――ナナミさん、意地でも豪姫と最歩を殺すつもりだ。
何が、彼女をそうさせるかはわからない。
だが、いずれにせよ……彼女を止めなければ。
できれば、この場にいる、全員を死なせずに。




