その240 移動
※ 元気が無い私目線。
…………。
はい。
ってわけでいま、ゴーキちゃんの背中をナデナデしています。
素晴らしいのは、ヒトの持つ、心の強さというか。
ハンバーガーさんに下げられたテンションは――時が経つにつれて、少しずつ元に戻っていくみたい。
ほんの十数秒前までは、サガットステージの背景みたいなポーズを取るのが精一杯でしたが、今は何とか、這いずって動くくらいは可能です。
とはいえまだ、気怠いことは変わりなく。
いまの気分を……何かに例えるなら、どうでしょう。
・くたくたになって、ようやく眠れた夜。突然、叩き起こされた時。
とか、
・愛する家族を失った、次の日の朝。
とか、
・十年かけた自分のお仕事が、誰かの気まぐれでふいになった時。
とか……。
うーん。
なんか、冴えた例えが思いつきませんね。
それもこれもぜんぶ、心が落ち込んでいるからです。たぶん。
『ごほ…………ごほっ……。ごふ……ッ』
「だいじょーぶ? いったん“テラリウム”に引っ込みます?」
『馬鹿。今の状態のマスターを放っておけないだろーが』
「あらら。そうですか」
彼女の友情に感謝。
「でもハンバーガーさん、きっとすぐ戻ってきますよ」
『ああ……』
そしてゴーキちゃん、よろよろと立ちあがります。
『だから、急いで移動しないと』
「移動?」
なんでかしら。
『やつの『現実改変』は、――ものに対する、“魅力”をダメージの変換するみたいだ。だからこっちも、ヤツにとって“魅力”を感じるものを破壊する必要がある』
ふむ。
そういうことか。
『なら、こっちがやるべきことは単純だ。――やつの部屋を見つけだす』
「なるほど。彼女にとっての“大切なもの”を傷つけることができれば……」
『ああ。奴にダメージが通るはず』
……ふうむ。
でも、そんなにうまくいくかしら。
私、唇を尖らせて、
「でもそれよりも……もっと単純な解決の手段がありますよ」
『なんだ?』
「いっそ、逃げちゃえばいいんです」
『――………………』
ええ、ええ。
わかっています。
この提案は、とても私らしくない発想でした。
この場で、ハンバーガーさんから逃げ出すということは……先ほど、虫けらのように殺された、二人の『JKP』キャラの仇を討たないということ。
普段の私なら、決して我慢できない選択肢でしょう。
――苦しみを抱えて生きていくくらいなら、さっさと死んだ方がマシ。
それが私のモットーですもので。
けれど、この手段には一つ、大きなメリットがありました。
死んだ人の命は戻りませんが……まだ、生きている命を救うことができる。
生きている命。
すなわち、“獄卒”さんです。
運が良いことに、彼はまだ殺されていません。
私たちのすぐそばで、無力に寝転がっているだけ。
“どこにでも行けるドアノブ”を使えば、彼を安全地帯に逃がすことができる。
『悪いが――それはNGだ』
「それは……何故?」
『すまんが、言えない』
ゴーキちゃん、ちょっぴり尻尾を垂れさせて。
『あたしを信じてくれ。――あの“遊び人”は危険だ。今のうち、なんとかしなくちゃ』
…………。
まあ、それに異存はありませんけど。
“遊び人”の能力――なかなかどうして、危険です。
何より、物理的な防御力が通用しないところがヤバい。
『とにかく。移動は、する。――マスター。“ドアノブ”は使える?』
「ええ。……それくらいなら」
そして私は、“テラリウム”に手を突っ込み……そこに保管していた“ドアノブ”を引っ張りだします。
「ううむ……っ」
と、それだけで、心がざわついて。
ハンバーガーさんに傷つけられた精神のダメージが、ひどい倦怠感を引き起こしていました。
『無理をするな。とにかく、下の階へ移動させてくれればいい』
「ええ」
私、うむむむと、“どこにでも行けるドアノブ”に念を送ります。
これにより――“扉”を発生させるためです。
これを使って行うテレポートを、精神感応移動と言うらしく。
精神感応移動を行うには、具体的な座標の指定が必要でした。
この力、地図上の座標を指定して移動することは可能なのですが……何も知らない場所、言ったこともない場所へのテレポートは不可能だったりします。
って訳で、『ハンバーガーさんの自室』という、フワッとした情報だけで、直接そこにワープするような真似は不可能なのでした。
なので私、現状ワープ可能な位置――これまで通ってきた、“東京駅”内にあるプレイヤーの居住区域へ、“扉”を繋げます。
『よし。さんきゅ』
ゴーキちゃん、だだっ広いオフィスの一室に降りたって。
『マスターは、背負っていく。……急ぐから、振り落とされるなよ』
「ふぁい」
気力を使い果たし……私は為すがまま、彼女の背中に負ぶさりました。




