その236 現実改変
※テンション低めの私、実況目線でお送りします。
…………………。
はい。
ってわけで。
私、ぼんやり寝転がった体勢で状況観察してるわけですけれど。
そんでいま、ゴーキちゃんがチョップをカマしたわけですけれど。
おかげで、すぽーんとハンバーガーさんの首から上が飛んだわけですけれど。
かしこい私は、わかっていましたよ。
だってこれ、あれでしょ。
『NARUTO』で百万回くらい擦った奴。
カカシ先生が致命傷を負って、次週に続く感じのやつ。
――死んでるわけがない。
という私の予想は、もちろん的中。
「ひゃはははははははははははははは!」
という嬌声と共に、吹き飛ばされたハンバーガーさんの首が笑いました。
「やるねえ、お嬢さん! 躊躇なしの一撃ッ! ないすだ!」
……うわぁ。ほらーな演出。怖すぎるぅ。
『首を刎ねたのに、なんで生きてるッ?』
「そりゃー、あんた。見りゃわかるだろ」
そしてナナミさん、目線で自分の胴体があるはずの場所を示します。
でも……そこには何もなく。
いつの間にか、ナナミさんの身体は、忽然と消えていて。
「首を切り離す、胴体がない。胴がなけりゃあ、首は刎ねられない。首を刎ねなきゃ――殺せない。そういう道理だ」
『???』
おお。
かしこいゴーキちゃんが、混乱してる。
『何を、言ってる? あたしは、確かに』
「違うんだなぁ、それが」
『違う……?』
「あたしがただ、懇切丁寧に事情を説明してやっているだけだと思っていたか? もうとっくの昔に、バトルのルールは変わってる」
『なに』
「『うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと』。――いま、この場では……銃よりも、爆弾よりも――たった一枚のメンコの方が力が強いのさ」
おしゃべりな生首ですこと。
――もうこいつ、どっかに放り捨てちゃったら?
そう思いましたが……実際、ゴーキちゃん的に、そうするつもりはないみたい。
――なんでだろ。
そう、不思議に思っていると……ようやく私も、気がついたのです。
私がハンバーガーさんの首から上だと思っていたそれは……彼女の表情だけに過ぎなかったということに。
もうちょっと具体的に言うと、ハンバーガーさんの顔面に貼り付いている、白塗りの化粧だけがそこにあって、まるで不完全な3D映像のようにしゃべり続けているのです。
――なんじゃこりゃ。
普通に考えるとたぶん、何かの幻覚なんでしょうけれど……。
だとすると、次の攻撃が来ていないことが不可解でした。
いま、ハンバーガーさんは完全にフリーのはず。
いつでも私を、――殺せるはず。
この勝負、私を始末すりゃ、それで終わりの戦いです。
ハンバーガーさんはそれをご存じないかもしれないけれど……だとしても、私の始末は急務であるはず。
ぶっちゃけ私、いつ刺し殺されてもいいんですけどー。
その覚悟なんですけれどー。
それをしないってことは、何か理由があるはずじゃないかなーって。
そう思ったのでした。
…………はぁ(ため息)。
そこで、屋上から見える風景をぼんやり眺めつつ。
人生って、大変だなぁ。
こんなに大変なら……さっさとこんなとこ、おさらばしちゃえばいいのになあ。
▼
と。
そんな風に思っていた、その時でした。
私の目に、信じられないものが映ったのです。
遙か、空の上。……太陽。
元来、眩しくて目を背けたくなるはずのそれが……いつもより淡く輝いていることに。
「――?」
首を傾げて。眉をひそめて。
そしてその太陽に、――人間の顔のような図柄が浮かんでいることに気づきました。
なんでしたっけ、こういうの。……シミュラクラ効果?
人は、模様を人の顔に結びつけたがるものだと聞いたことがあります。
けれど。
やがて私、それが何かの、図柄ではないことに気づきました。
だってその、太陽さん……私に向かって、苦笑いをして見せたんですもの。
――なんだ、これ。
私、しばらく太陽と目を合わせます。
太陽に、顔がある。
よく、古い西洋の絵とかで太陽に顔が描かれていることがありますけど……その時に私が目の当たりにしたのはちょうど、そんな感じのやつでした。
正直、何が起こっているかわからなくて。
やがて太陽さんは、ぼそりとこう呟きました。
『あんまりじろじろ見ないでくれ、恥ずかしい』
と。
――でも、そんなところにいられたら、見ちゃいますよ。さすがに。
『それは、申し訳ないと思ってる。人に見られるのが苦手でね。ふだんはもう少し、ピカピカ光るようにしていている』
――へー。太陽が眩しいのって、そんな理由だったんだ。
『そういうこと』
――でもそれなら、どこか遠くへ行ってしまえばいいのに。
『そんなこと言われてもなぁ。こっちも好きでここにいるわけじゃないんだ。星の動きにはいろいろと、位置関係が重要だったりするんだよ』
――そうなんですの?
『うん。君と一緒だよ。君も、好きでそこに居るわけじゃないんだろ?』
――まあね。
『だろ。人生ってさ。ままならないものさ。仕事にしろ、友情にしろ、愛にしろ。自分の力で制御できることなんて、ほんの一部に過ぎない』
――そっか。ちなみに太陽さんは、そこに居て長いんですか?
『大して長くはない。ほんの47臆年くらいだよ』
まあ。なんたるご謙遜。
――でもそれ、大したものですわ。五億年ボタン九回分ですよ?
『五億年ボタン? なにそれ』
――一回押したら、異次元で五億年過ごさなきゃいけない代わりに、百万円もらえるってやつ。
『へー。ずいぶん割に合わないバイトもあるもんだな』
――いや、そーじゃなくて。これはある種の、思考実験的なヤツで……。
『太陽の生涯年収、900万円か…………なんか、しょぼくない? 一応こちとら、けっこう頑張って仕事してるつもりなんだけど』
いやいやいや。
それとこれとは、論点がすり替わっていて……。
『900万円って、ごく一般的な一人暮らしの若者の生活費に換算しても、五、六年くらいで使い切ってしまうんじゃないか? ……あんまりだよ』
――うーん。
こりゃ、参りましたわね。
▼
………………。
…………。
……。
と、そこで、ハッとして。
あっ、これ。
たぶん、ものすごく不条理で、訳わかんないコト起こってる。
これが、ハンバーガーさんがさっき話してくれた……『現実改変』ってこと?




