その232 東京駅
“ゾンビ使い”さんの背を追いかけながら。
私はその道のりが、見事に“掃除”されていることに気づきます。
――これ、ハンバーガーさんがやった感じ……じゃ、ありませんね。
たぶん、“ゾンビ使い”さんが片付けてくれたのでしょう。
なんたるマルチタスク。
「………………へぇ。ふーん…………」
ゴーキちゃんの言うとおりかも。
確かに“ゾンビ使い”さん……敵に回すのは厄介そう。
というのも私って、継戦能力に欠けるんですのよねー。
まあ、孤軍だから、っていうこともあるんですけれど……。
アイテムで強化されていても、その効力が無限に続くわけではなくて。
なにより、ヒトのスタミナには限界がありますから。
――やっぱり……喧嘩はしたくないな。彼と。
掃除の行き届いた駅構内に比べて、“プレイヤー”の居住区域である従業員スペースは、あっちこっちにスプレーアートが書き込まれた、いかにも「不良がたむろしてますよ」って感じの雰囲気。
『J,K,Project』の描写が確かなら、この拠点が出来上がるまでにもいろいろ、複雑な経緯があったはず。
もともとここは、プレイヤーじゃない、ごく普通の人たちのコミュニティでした。
でも、普通の人たちって、ゾンビ一匹殺すのも手間取っちゃうから。
ゾンビの恐ろしさは単純に、力が強いとか、容赦がないとか……それだけに留まりません。
連中は、人間なのです。――正確には、人間のような姿をしているのです。
それは、力の弱い人たちにとって、とてもとても恐ろしいことでした。
戦えば戦うほどに……心が穢れていく行為でした。
そんでもって、まあ。
ゆるゆる下半身関係のあれこれとか。
ひとなめで天国に行けるあれこれとか。
食料の配分とか。
労働に対する不満とか。
なんか、そーいう色々が作用して、身内で争うような雰囲気になって。
まあ、“終末モノ”あるあるですよね。
愚かにも、自滅の道を辿りかけた……その時に現れたのが、“ランダム・エフェクト”というプレイヤー集団。
彼らは……いわば、『神に力を与えられた者』が行うであろう、もっとも普遍的な活動を行うものたちでした。
安全と秩序を引き換えにした、生活の支配。
そういう経緯でこの区域は形成されていった訳ですが……一つ、ここには、他のコミュニティとの大きな違いをありました。
それはここが、“東京駅”だったということ。
かつての、この国の中心地であったということです。
これは要するに、その他の拠点よりも遙かに、人材と物資に恵まれていたということで。
特に人材は……このゾンビ時代において、もっとも重要な資産と言って良いものでした。
だからでしょう。
“ランダム・エフェクト”は、都内では有数の“プレイヤー”チームとなったのです。
『J,K,Project』的にもここには、様々なネームド・キャラクターが登場します。
まずはご存じ、“獄卒”さん。
他にも一応、「攻略対象枠」である“暗黒騎士”さんに、メインストーリー中盤でこちらへ寝返る“偽勇者”さん、それといわゆる、厨二病キャラである“†堕天使†”さんと、別組織のスパイである“忍者”さん。
どの方も、季節のイベントでは主人公にプレゼントをくれたりする、「憎めない敵キャラ」のイケメンたちです。
――しかし……。
瑠依ちゃんの話によると……すでに、虐殺が行われたあと。
この分だと何人か、殺されてしまっている可能性がありますわね……。
「ううむ…………」
ちょっぴり、もったいない。
ホントは、“獄卒”さん以外のキャラとも、接触してみたかったんですけど。
まさか、こんなことになるなんて。
▼
『…………そうだ』
ふと。
屋上へ繋がる踊り場で、“ゾンビ使い”さんが足を止めます。
『……ここに……ジョウホウがある。イマのうちに、よんでおくといい』
そして、懐から一枚のメモ書きを取り出し、私に手渡します。
「………………?」
そこには、几帳面な文字でびっしりと、
ジョブ:遊び人
レベル:123
スキル:《性技(超級)》《なめまわし》《ぱふぱふ》《自然治癒(強)》《皮膚強化》《骨強化》《飢餓耐性(強)》《スキル鑑定》《謎系魔法Ⅰ》《魅力Ⅹ》《口笛》《ハイテンション》《交渉術(超級)》《応援》《あそび(超級)》《風船爆弾》《そっくりハウス》《殺人パレード》《変装Ⅲ》《経験値増加Ⅴ》《攻撃力Ⅵ》《防御力Ⅶ》《魔力Ⅴ》《視覚強化Ⅴ》《聴覚強化Ⅹ》《火系魔法Ⅰ》《水系魔法Ⅰ~Ⅳ》《治癒魔法Ⅰ~Ⅲ》《狂気Ⅴ》《精神汚染耐性Ⅹ》
※一ヶ月以上前の情報であることに注意。
と、書き込まれていて。
「あらあら。これって……」
ハンバーガーの人のスキルでは?
「なんでこんなものを」
スキルの隠匿が常態化しつつある、ここ最近の“プレイヤー”界隈。
普通に手に入れられる情報ではありません。
『…………カノジョはもともと、“サンクチュアリ”シュッシンだ』
ああ、そういうこと。
だとすると……。
「ひょっとしてこれ、結構、貴重な情報ではなくて?」
『ああ。……ジュウヨウキミツだ』
ラッキー。たすかるー。
『……きみに、ヘンポウセイのゲンリがはたらくことを、キタイする』
返報性の原理ね。
「もちろんですとも。私けっこう、受けた恩は忘れなくてよ」
『……………………。なら、いいんだがな』
そうして私たち、半開きになっている鉄扉を開き……屋上へ向かいます。
そこで、待っていたのは…………――。




