その231 少女
『――いけないッ』
サブモニターに接続したスピーカーから、最歩の悲鳴。
思わず視線を向けると、そこには悪夢じみた光景が広がっていた。
恐らく、十歳にも満たないであろう、少年少女たちの歩く死体……その群れと、追われている少女が一人。
「………………ちっ」
舌打ちして、脊髄反射的に画面切り替え。
少女を追っているであろう子供“ゾンビ”に見当を付けて、使役下に置く。
画面はいま、返り血で汚れた、少女のドレスが大写し。
これは要するに、危うく噛みつく直前だった……ということで。
「……危なかった」
呟き、すぐさまマウス操作で背後を振り向く……と、その時だ。
敵対したその他の子供“ゾンビ”に取り囲まれて、使役下に置いた個体は、あっという間に引き裂かれてしまった。
「ぐうっ。――やっぱキツいな。この感覚」
急速な空腹を感じて、プロテイン・チョコバーを囓る。
そして再び、先ほどまで操作していた男“ゾンビ”に視点を切り替え。
『とりゃあああああああああああああああああああああああッ!』
十メートルほど離れた視点で、夢星最歩がゾンビをなぎ払っている姿を見た。
――こいつ、子供を救う程度の良心は持ち合わせていたのか。
内心、ほっと安堵する。
その後、素早くマウス操作。ゲームオタクの本領発揮だ。
自動操作中のサクラに周辺のゾンビを掃討させつつ、少女の元へ走る。
『ダイジョウブか』
『う……うん』
少女の年齢は、まだ十にも満たないくらいだろうか。
彼女は、ちらちらを天井に視線を向けている。
“ランダム・エフェクト”のプレイヤー……その居住区域だとされている空間を。
『でも…………えらい人たちが…………』
『えらいひと?」
『うん。ここのみんなを守ってくれる、えらい人たち』
プレイヤーのことだな。
『みんな…………みんな、死んじゃった。ころされたの』
『………………』
少女の、つたない言葉を噛み砕く。
殺された、ということは……つまり……。
『ハンバーガーのおねえちゃんに……みんな、ころされた』
目を、細める。
ハンバーガー大好き太郎。
今日、これから会う予定だった人。
「だが…………彼女は」
独り言ちる。
信じられない、という気持ちがあった。
だが、終末が訪れて以降――こういうことはよくある。
人が、変わってしまうということは。
『ねえ、きみは、ここのコ?』
『んーん。ちがうわ。最近、ここに来ただけ』
『ナマエは?』
『………………』
『ナマエを、おしえるんだ。すぐに』
『えっと。でも……知らない人に、名前を教えちゃ駄目って……ママが』
『それでも、おしえるんだ。……ぼくは“サンクチュアリ”のものだ。……ぼくなら、もしキミがシんでも、いきかえらせることができる』
『…………。そう、なの?』
『ああ。ヤクソクする』
“サンクチュアリ”には、“魂修復機”というアイテムが存在する。
それさえあれば、満二十歳以下の人間を蘇生することが可能だ。
もちろん、「我が子を生き返らせたい」という願いを持つ住民は後を絶たないため、長い待ち時間が必要になるだろうが。
『それなら……おしえるわ』
『うん』
『ミズタニ。ミズタニルイ。瑠璃色の瑠に、依頼の依』
『……ん。リョウカイ』
さっと、手書きでメモをとりつつ。
すでに僕は、気づいている。
画面に映る、彼女の首筋に……小さな噛み傷があることに。
「…………………………」
僕たちは、間に合わなかった。間に合っていなかったのだ。
――できれば、ここの子供たちもみな、蘇生してやらなければ。
『このロウカをすすんだところに、アンゼンなヘヤがある。そこでヤスんでいて』
『う……うん』
この言葉は、欺瞞だ。
あとあと始末する時、わかりやすくしておくための“お願い”だ。
とはいえ、いますぐ彼女を始末するのは、あまりにも忍びない。
彼女にはまだ、自我がある。生きている。
だから……始末するのは、ちゃんと死ぬのを、待ってから。
――我ながら、こなれていくのがわかるな。
すごく、嫌な感じだ。
とはいえこれも“プレイヤー”として生きる者の宿命か。
▼
『うりゃあああああああああああああ』
『とりゃあああああああああああああ』
『おんどりゃあああああああああああ』
ゾンビと戦う、夢星最歩。
彼女の攻撃に巻き込まれないよう、細心の注意を払いつつ……タイミングを見計らって、声をかける。
『サイホ』
『ほい。なんですの?』
『ハナシを、きかなければならないヤツがいる。ハンバーガーダイスキタロウだ。たぶん、ボスセンになる』
『ボスセン。……ボス戦…………はあ。なるほど』
『ひとつ、きいていいか』
『はい』
『キミは、カノジョとたたかうことが、できるか』
『え?』
『おりるなら、イマだ』
『あー……そーいうこと?』
これは、こういうことになった時、どの“プレイヤー”に対しても訊ねることだ。
ゾンビは、絶対悪。
存在するだけ、害悪をまき散らす存在。
殺すことにより、正義を為すことが出来る。そういう存在。
だが、人間との戦いは、違う。
連中と戦う時、まず自分の良心と対決する必要がある。
ゾンビを殺せても、人間と戦えないプレイヤーは多い。
夢星最歩は、間違いなく殺人鬼的素質をもった人間だが、その手の人間が常に殺しに興味があるとは限らなかった。
『別に、おっけーですよ』
『………………』
『私、現在、修行期間中なのです。いっぱい戦って、いっぱい強くなりたくって。――ハンバーガー大好きの人なら、相手に不足はないでしょう。一緒に戦いますわ』
『そうか』
それは正直、心強い。
彼女にとってのハンバーガー大好き太郎は、ただの敵に過ぎないのだろう。
だが僕にとっては、そうではなかった。
では…………。
僕は、東京駅の地図を再チェック。
そこの、進行方向に赤い光点が消失していることを確認してから、先へと進み始めた。
最歩が戦ってくれている間――すでに、別個体でこの辺りの調査を済ませている。
――“ゾンビ”の死骸が、東京駅の屋上に向かって続いている。
ここに、プレイヤーがいる。
恐らくは、……ハンバーガー大好き太郎。
レベル123の“遊び人”で……元々は“サンクチュアリ”の一員だった女性だ。




