その230 有利な状況
ゾンビの群れに、囲まれつつ。
結論から言うとこれ……私にとっては、とても有利な状況でした。
なにせ、『JKP』の世界における東京駅は、強力な生存者グループです。
そんな彼らが、こうもあっさりと滅びてしまうなんて……。
――うーん。らっきー。
と、人知れずガッツポーズ。
まあ一応「手伝う」と言った手前、もちろん手伝いますけれども。
何よりこのゾンビども……進行方向にうじゃうじゃいて、すごく邪魔なので。
『ガアアアアッ。……ぐぅ……ぐぐぐぐぐ……』
「よいしょ」
雑に刀を振り回し、ゾンビを一閃。
ちなみに私、この子たちのこと、ぜんぜん怖くありません。
彼らと私は、同じ、世界を滅ぼすもの同士。
だからでしょう。私を襲ってきませんので。
『ウォオオオオ…………オ、オ、オ、オ……』
「ごめんねっ」
サクッともう一匹。
害意のない相手を一方的にやっつけるというのも、ちょっと気が進みませんが……。
『ごぉおおおおお…………オ……』
「じゃまっ」
まあ、これもある種の、戦闘訓練。
私、刀をぶんぶん振りながら、“ゾンビ使い”さんの方に向かう死体を、片っ端から斬っていきます。
そうこうしている内に、徐々に“ゾンビ使い”さんから距離が離れていって……。
『おいっ。マスター』
そのタイミングで、ゴーキちゃんから一声。
「はぁい。どうしましたぁ?」
『今回はさすがに、あたしも手伝った方がいいんじゃないか?』
「いいえ。ダメです」
私、唇を尖らせつつ、そう言いました。
――なんでもそいつ……モンスターを操るらしいんだ。
すでに、この辺りの“プレイヤー”には、結構な情報が出回っているご様子。
いま、ゴーキちゃんを召喚するのは、ちょっぴりリスキーな感じがします。
『そうか。……わかった。ただ、気をつけろよ。返り血を目に入れないように』
「わかってますよ」
応えつつ……「よっこらせ」と刀を担いで……目の前を通り過ぎていくゾンビの右耳に、切っ先を突っ込みます。
するとゾンビは、ぷつんと電源スイッチが切れたみたいに、動きを止めました。
「ふぅ」
嘆息しつつ。
早くも、二の腕がぷるぷるしつつあります。
――なあ、マスター。アイテムの力でゴリ押しも良いけど、最後に頼りになるのは、自分の肉体だぜ。……やっぱ鍛えた方がいいよ。
という、ゴーキちゃんの意見を採用して、一ヶ月ほど。
訓練の結果、普通の女の子よりは強くなってる気はしますが……まだまだ、超人の相手をするにはほど遠い感じ。
▼
現状、私は複数の目的を持って、この場所にいます。
一つ。
ゾンビ使いさんとの関係性を維持すること。
二つ。
獄卒さんと合流。その安否を確かめること。
……それともちろん、今朝の依頼も忘れていませんよ?
ハンバーガー大好き太郎さんと接触して、“娼婦殺し”について訊ねてみます。
いま、この場所で起こった大量殺人事件に比べれば、たかだか三人ぶっ殺しただけの犯人を捜すのはどうにも間が抜けている気がしますが……仕事は仕事ですから。
「うーん。やることいっぱいで大変だなぁ……」
『がんばれぇ』
わあい。気のない返事ですこと。
「せめて、ゾンビ使いさんとの協調路線の件……どうにかなりません? ぶっちゃけもう、こっから仲良しになるの、無理だと思うんですけれど」
『仲良くなる必要はない。信頼し合う必要もない。……ただ向こうに、こちらと協調するメリットをアピールできればいいんだ』
「うーむ…………」
『ヤツとやり合うのは、それだけヤバいってこと。……信じてくれ』
そりゃーもう、信じますけどもぉ。
『チャンスは、いくらでもある。……ほら。役に立ちそうな“実績報酬”、たくさん買い込んだろ? せっかく“ゴールデン・ドラゴン”を孵したんだ。使える手札は、どんどん使っていこうぜ』
「はいはい……」
私、苦笑交じりに答えます。
▼
あー、そうそう。
すっかり言い忘れてましたけど、私すでに、“ゴールデン・ドラゴン”の孵化に成功しています。
結構な低確率で、かーなーり手間暇かかりましたけど……まあ、こういうのは、トライ&エラーです。
そして私には、低確率のくじ引きを成功させる時間がたっぷりとありました。
ってわけで今、私の懐事情はかなり温かめ。
“さしたる用もなかりせば”を買えたのも、ゴールデン・ドラゴンによる金策のお陰だったり。
▼
閑話休題。
そんなこんなでゾンビを狩りまくること、一時間ほどでしょうか。
ずんずんずんずんと駅構内を北へと向かい、八重洲口付近のお土産コーナーを制圧したあたりで。
「――?」
不意に、ぱたりとゾンビが途切れる瞬間が訪れます。
――他にも、戦ってる人がいるんだ。
考えてみれば、ここにはプレイヤーもいるはずなので、当然か……。
そう思っていたけど、どうやら違ったみたい。
向こう側で戦っているのも“ゾンビ”みたいだったんです。
要するに“ゾンビ使い”さん、一度に複数のゾンビを操作して、この駅舎内の掃討戦をやっていたみたいでして。
――そういうこともできるんだ。彼。
ゴーキちゃんの言うとおり、あんまり敵に回したくない相手ですわねぇ。
そう思うと同時に――ようやく私も、気づき始めています。
今のこの状況の、不可解な歪さに。
「…………んー?」
こういう時こそ、“プレイヤー”の出番でしょうに。
私目線じゃ、人類の拠点が一つ潰れてラッキーって感じですけど……。
いくらなんでも、お粗末すぎない? ここの“プレイヤー”ども。
どーしちゃったんだろ?
「ふむー?」
首を傾げて、数秒。
そうして私、気づきます。
「ねえ、ゴーキちゃん」
『ん』
「ひょっとして、これ……この前のことと関係あるかしら?」
『…………んー』
ゴーキちゃん、少し考え込んで、
『実を言うと、あたしもそれ、考え込てた。……撒いた“種”が、思いがけず芽吹いた……ってとこか』
「ですわね」
『だとしても。……いい方向に転がってるかどうかはわからんぞ? あたしの勘じゃ、あの時のあいつは――』
と、その時でした。
「助けてッ!」
幼子の悲鳴が、人気のないお土産コーナーに響き渡ります。
その背後に、――悪夢の世界じみた光景を引き連れて。
「…………――ム」
現れたのは……子供の、ゾンビ。
その、群れでした。




