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その21 人殺しの実績

 ショベルを使った打突が突き刺さる。

 ず、ぶ……ッと音がして。

 袋が破けたように、少年の右脇腹から、どろりとした血液が噴出した。


 それを見て、僕はぼんやりと考えている。

 最初に殺す相手は、邪悪であることが保障された奴であってほしかった、と。

 もっとこう、少年漫画の第一話に登場するような、噛ませ役の不良みたいなやつ。


――まあ、さすがにそれは、贅沢が過ぎるというものか。


『えっ』


 少年は「これ、何かの冗談なんでしょ?」という顔をして、かっと目を見開いた。


『わ、わあああああああああああああああああああああああああ……ッ!?』


 絶叫。

 先ほどまでの赤ら顔はどこへやら、あめ玉を盗まれた幼児のように泣きべそをかく。

 それを見て僕は、むしろ憎悪に近い憤怒に身を焦がしていた。


――闘争の覚悟もないのに、こんなところにいるんじゃない。


 罪悪感を打ち消すために、過剰に攻撃的になっているのかもしれない。

 そんな風に、心のどこか、冷静な部分が分析する。


『あ、あ、あ、あ、あ! す、鈴木さぁん!』


 負傷した少年は、”鈴木”と呼ばれたリーダー格の金髪男に助けを求めた。


『……………ッ』


 鈴木が偉かったのは、誰よりも率先して少年の元へ駆けた点だろうか。


『や、やめろ!』


 彼は、よろめく少年を背後から抱きとめて、狂人を見る目で豪姫を睨む。

 相棒は今、血に飢えて鼻息荒く、『ふう! ふう!』という音がスピーカー越しに聞こえていた。


『イカレてる! いきなりこんな真似……ッ』


 弟が叫ぶ。


『忠告したぞ! 止めろって! ひどいことをするやつは、こうなるんだ!』

『……っ! ざっけんな! 俺たちが何したって……』

『これからするつもりだったろ!』


 弟が、震える手で包丁を取り出す。

 すると鈴木とやらは、ぎょっと目を剥いて、


『止めろッ! 頼む、仲間に手を出すな!』


 と、懇願した。

 彼の背後に控える人々はみな、化けの皮が剥がれてすっかりうろたえている。

 彼らは所詮、狼の振りをする羊に過ぎなかった。


『い、い、い、イシャを呼べ! それなら、その子も助かるかも知れない! 消えろ! すぐに!』


 無論、彼が助からないことは誰の目にも明らかである。


『くっそぉ……! お前ら、どうかしてる!』 


 ここで僕は、一つの選択を迫られていた。

 彼らをこのまま、追い詰めて殺してしまうか。

 それとも、見逃して後顧の憂いとするか。


 追撃戦は容易だという話を聞いたことがあるが、なるほどそれもよくわかる。背を向ける敵には、100%の攻撃性を発揮することができるためだ。


 もちろん、連中に情けをかけてやるメリットも、ある。

 いま経験したからわかるが、殺人行為には思ったより、精神に強い負荷が掛かる。


――落ち着け。落ち着け。いつも通りのゲームだ。そう思い込め。


 不安症状。めまい、発汗、痙攣。

 戦場の兵士がかかるとされる、ガンザー症候群と呼ばれる一種の錯乱状態だ。

 客観的に、このような行為を日常的に繰り返せば、きっと僕は壊れてしまうだろうという実感があった。


『わかったら、さっさと行け! どっかいけ! 二度と関わるな!』

『う、うう……』


 鈴木とやらが、渋々それに納得しかけた、その時である。

 彼の肩を、カチリ。左クリック。

 飢えた獣のようになった豪姫が、深々と彼の肩にショベルを突き立てた。


『――え?』


 驚いた顔を向けたのは、弟である。


 なにも、そこまでしなくても。


 そう顔に書いていた。

 むろん、ここから先の出来事は全て、僕のみが責任を負う。


『ぎゃああああああああああああああああああああッ! 何しやがる、この女っ』


 鈴木が叫んだ。

 彼を無視して、残り六人へと駆ける。

 六人は完璧に恐怖に呑まれていて、しかし指示がない以上、まったく身動きが取れない状態でいた。


――無力な相手じゃないと、この程度のものか。


 僕は、脳みそに痺れるようなものを感じながら、そんな彼らを順番に、ショベルで引き裂いていく。

 一人、二人、三人。

 その頃には、ショベルの刃先が脂をまとい、切れ味がなくなっていた。


 最早絵面は、「悪党を成敗する正義の味方」ではない。

 「殺人鬼と、それに出くわした憐れな犠牲者集団」である。


『わああああ!』

『ちくしょう……』

『助けてくれぇ!』


 その後、僕はショベルを鈍器のように使って、残った三人を殴りつける。

 一人目。右足の脛を強く打つと、その場に倒れて動かなくなった。

 二人目は、左膝に一撃。関節をたたき折る。

 三人目は……誤ってその頭部をクリックしてしまい……。


 ぱあん! と、その額をたたき割る。

 脳漿が宙を舞い、彼は一発でその身体を肉塊と変えた。


 そこで、頭の中にファンファーレが鳴り響く。

 例のアリスの声で、


――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!

――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!


 さらにもう一度、一際豪華なファンファーレ。


――おめでとうございます! 実績”人殺し”を獲得しました!


「……………なに? …………実績…………?」


 部屋の中で一人、ぼそりと呟く。


 ”声”からの返答はない。

 だが、根っからのゲーマーである僕には、それがどういうものか、何となく理解することができた。


 実績。トロフィー。バッジ。アワード。

 コンピュータゲームなどに登場する、”クリア目標”とでも呼ぶべきものである。


「…………ふむ」


 あの少女(アリス)がやりたいことが、少しずつわかってきた。


 彼女はこの世界を、ロールプレイング・ゲームに見立てているらしい。


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