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その208 口裂け女

『スゴーイ! コウチャン、すぱいミタイ! (>_<)』

「へへへ……」


 失われた耳の痕を掻く。


「それじゃ、さっそく中身を確認するか」


 孝之助が取りだした紙切れには一言、『“証明書”は死者の元へ』とある。


『シシャ……? (-_-)』


 首を傾げるメイドロボに、孝之助は苦笑交じりに答えた。


「ああ、そういうことか」

『ココロアタリガ? (^^)/』

「ある。――よし子は“口裂け女”を知ってる?」

『エット…… (*^_^*)』


 メイドロボの頭から、ダイスロール音。


『……《知識》成功。都市伝説ノキャラクター、デスヨネ? 「ぶす」ッテイッタラ、メッチャ怒ッテクルヤツ (^o^)』

「そう。……だがこの場合の“口裂け女”は……この辺りの名物でな」


 そう言いながら孝之助は、すでに席を立っている。


「着いてきてくれ」

『? ――ハイ (^_-)』


 首を傾げるよし子。

 ふと、孝之助は思う。


――この調子ならたぶん、暗くならないうちに戻れるな。


 と。



 “口裂け女”は、『異世界転生』から歩いてすぐの場所に居た。

 “サンクチュアリ”方面のバリケード付近。この当たりには複数在る、スクランブル交差点の一つだ。


「ここ……あいつと別れる時、よく見送りに来たところだ」

『ヘエ (^_^;)』


――まさか、飲んだ帰りに、ノリで決めた場所じゃないだろうな。


 眉をしかめていると……、


『ばあああああああああああああああああああああああああああああああああっ』


 枯れ果てた声で、とある女ゾンビが雄叫びを上げた。


『――ワッ (>_<)』


 一瞬だけよし子が身構えるが、――ひとまず害はない。

 そいつはいま、頑丈な鉄鎖で腰と肩を固定されているためだ。


『ばあっ、ばあっ、ばあっ……!』


 女ゾンビは、ドス黒いよだれを地面に零しながら、こちらに手を伸ばしている。

 よだれは、次から次へと生成されていくらしく、その足下には泥だまりが出来ていた。


『ヒョットシテ、コイツガ (>_<)』

「ああ――。“口裂け女”だ」


 その口元は、耳もとまでぱっくりと裂けている。

 まさしく、“都市伝説”の記述通りの姿だ。


「もともとは、ここで働く連中の気合いを入れるためにこうしているらしいが」


 今やもう、ただの見世物になっている。

 “口裂け女”はいま、簡易の鉄柵で囲まれている格好だ。

 通行人は皆、動物園の獣を眺めるような気安さで、彼女の様子を観察できるようになっていた。


 ここに来るたびに思うのだが……孝之助は少し、哀しい気持ちになる。


――死後、こんな風に見世物になるって、どんな気持ちだろう。


 そう思えるからだ。


『エゲツナイデスネェ (T_T)』

「そういうものさ。人間って」


 我ながら、薄っぺらいセリフだと思いながら、“口裂け女”の姿をチェック。


『ソレデ、めもニ書カレタ“死者”ッテ (^o^)』

「コイツのことだと思う」

『ソウ……ナノ? (^_^)』

「たぶんね」

『……………………』


 ダイスロール音。


『《アイディア》成功。――ウーン。ナーンカ、納得デキナイ気ガシマス (^_^;)』

「そうかい?」

『ハイ。コノ場所、それほど“絶対安全”ッテ感ジガシナクテ (^_^;)』


 さすが、良い勘をしている。


「とにかく、……試してみようぜ」

『ソレハ、ソウデスネ。ドウヤッテトリダシマス? (^_^)』

「……まあその……俺みたいな普通の人間にはちょっと、難しいかな」


 ここはひとまず、よし子の力を借りるか……。

 あるいは、別の手を――。


 と、考えていると、その時だった。


『ばあ! ばあ! ばああああああああああ!』


 それまで、喧しく叫びまくっていた“口裂け女”が、


『あ、う、あ…………う』


 突如として、平静を取り戻したのである。


「わっ。なんかこいつ、急に『すんっ』ってなったぞ」

『コレハ…… (*^_^*)』


 二人して首を傾げていると、


『…………ん。よし』


 “口裂け女”が、突如として口をきいた。


「えっ」

『ぼくだ。“ゾンビツカい”だ』


 正直、ギョッとなる。

 このタイミングで、彼が現れたということは……。


「俺たちの話、全部聞いていたのか?」

『うん』


 ちらりと、メイドロボを観る。

 もし、そうなら……その情報の送り主は、よし子の他にないじゃないか。


 彼女には、いろいろとプライベートな話もしている。

 その全てが、顔も知らない男に聞かれていたと思うと、やるせない気持ちになった。


――女ってマジ、糞だよ。だってあいつら、『ダークナイト』の話を退屈そうに聴くんだもん。『ダークナイト』を、だぜ? あの、最高の映画を……。


 かつての、夜久銀助の台詞を思い出す。


 今になって思う。

 あいつと交わした友情は、たしかに本物だったな、と。


 “口裂け女”はしばし、自分の身体をまさぐるようにして……そして、ベルトでしっかりと固定されていた書類を引っ張り出した。

 中身を観るとそれは、羊皮紙の束だ。


 “ゾンビ使い”は、しばらくそれを確かめた後、


『…………ふむ。ホンモノっぽい。ジツブツしらないけど』


 そう呟く。


『ありがとう、コウノスケさん。このカリは、カナラず……』


 と、その時だった。


 ぽ、ひゅ。


 そんな音がして、“口裂け女”の額に、野球ボール大の空洞が空いたのは。


「…………えっ」


 一瞬だけ、思考が停止する。


――狙撃? いや、それにしては……。


 ようやくその事実を呑み込んだ、次の瞬間。


『コウチャン!』


 メイドロボの左肩が、爆ぜた。

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