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その207 遺されたもの

 孝之助が“ヨタカ”を出ようとすると、その時だった。


「やあ」


 最初にこの店に来たとき、すれ違った男と会釈する。

 男は、いつものようにタバコとコーヒーを飲みながら、どこか困ったような顔で片手を上げ、


「あ……ども」


 と言う。

 “性”に関係した気まずい空間で過ごすうち、いつしか二人の間には、奇妙な友情のようなものが産まれていた。


「今日は、お出かけで?」

「はい」

「同伴とは、羨ましい限りですよ。……自分もさなヱちゃんと、そうなりたい……!」

「ははは……」


 乾いた笑い声が漏れる。

 すると男は、ちょっとだけ顔を近づけて、


「ちなみに――ここだけの話、貴方はどうやって彼女とお近づきに?」

「それは……その。なんか、いろいろな出来事が重なって。運が良かったんですよ」

「羨ましいなぁ……」


 煙草の臭いが、つんと鼻につく。

 正直ちょっと、嫌だなと思った。


「ところで最近、この辺りはどうです?」

「――? どうって?」

「“プレイヤー”とか。結構うろついてるんでしょう?」

「ああ、それね」


 それとなく顔を離して、雑談モード。


「“ランダム・エフェクト”のやつばら、平気でこの辺りを歩くようになってる。“楼主”様の縄張りだってのに、ぜんぜん気にしやがらない」

「………………」

「実際、危ないったらないよ。連中、なんならでこぴん一つで、人を殺しちまう。今んところは大人しいが……ちょっと前の、無料避難所の放火も、連中の仕業だって噂だ。なんでも、“楼主”様への嫌がらせ目的だってさ」


 当たらずとも、遠からず。

 こういうのを、日ごろの行いというのだろう。


「具体的に、どの辺に多いかわかります?」

「そりゃもう、『魔性乃家』の周辺さね。奴ら、ここを乗っ取る気なんだよ。――たぶんだが、ちかぢか超人同士の戦争になるね」

「……ここを離れた方がいいのでは?」

「そりゃそうなんだけどさ。――言うて奴らも、ゾンビよりはマシだからね。それにここには、“ヨタカ”がある。さなヱちゃんもいる」

「なるほど」


 孝之助は肯き、店をあとにする。

 さなヱというのは、“ヨタカ”で働くメイドロボの一体だ。

 内心彼はこう思っている。「よし子の方が絶対可愛いけどな」と。


 多分向こうも、似たようなことを思っているのだろう。



 その後、人気の少ない通りを選んで進むこと、数十分。

 “楼主”の縄張りをぐるりと半周する形で辿り着いたのは、とあるカラオケ・ボックスを丸ごと改装して作られたと思われる居酒屋だった。

 出入り口はホテルの受付のような間取りになっており、その店構えは一般的な“居酒屋”のイメージよりもかなり大きい。

 店名を見上げると、手書きの落ち着いた文字で、『異世界転生』とあった。


『………………変ワッタ店名デスネ (^_^)』

「ああ。ちなみにこの店、いわゆるコンセプト居酒屋というやつでね。もし店員に話を振られたら、うまいこと合わせてやってくれ」


 ここはその手のユーモアを楽しむ居酒屋である。

 重量感のあるガラス扉を押し開くと、


「はーい、ステータスオープン!」

「「「ステータス・オープン!」」」


 という、景気の良い声が二人を出迎えた。


『すて…………ナニ? (-_-)』

「メイド喫茶の、『お帰りなさいませ御主人様』と一緒さ」

『アア、ソレナラ、ワカリマス (*^_^*)』


 二人、小声でやり取りしつつ。


「本日の転生者様は――?」

「二名だ」

「はーい、転生者様二名、トラック事故入りましたー!」


「「「よろしくどうぞー!!!」」」


「無双系ほのぼの日常ストーリーでたのむ」

「はーい! チートキャラ二名様、はいりましたー!」


「「「よろしくどうぞー!!!」」」


 手慣れた調子で、暗号めいたやりとりを行う。

 何もかも、銀助と遊ぶ中で覚えた。

 ヤツは、“プレイヤー”の中でもとびきりの趣味人で、この手の奇妙な店に誰よりも詳しかったのだ。


『??? エエト、今ノ言葉ノ意味ハ……? (^^;)』

「深く気にしなくていい。席を指定しただけだ。あと、無駄なパフォーマンスも断った。すぐ手品見せてくるんだ。この店の店員」

『ヘー。オモシロ (*^_^*)』


 そうして二人が案内されたのは、専用の個室であった。

 部屋は掃除が行き届いていて、あらゆる調度品が、この手の店には少し不釣り合いなほどの贅沢品を使っている。


『ココ……ヒョットシテ、高イ店ナノデハ? (^^;)』

「と思いきや、そうでもないんだよな。たぶん、タダで手に入れたものだからだろ」

『アア、ナルホド (-_-)』


 恐らくは――“終末”後、この辺にあった高級レストランから盗んできたものを使っているのだろう。

 孝之助は、調度品に反して安っぽい手作りのメニューを開いて、店員を呼ぶ。


「えーっと。……じゃあこの、“ステータスアップの実盛り合わせ”と、“ダメージ無効系きゅうりのたたき”、“無限生成されたフライドポテト”“冒険者ランクSSS・無属性のシェフが作った唐揚げ”に……あとビール」


 ちなみに、よし子は食事を取る必要がない。

 順番に並べられていく料理を一人で平らげながら、孝之助たちはしばし、この奇妙な店の時間を楽しんだ。


 そのようにして、木皿の上のフライドポテトが片付いた頃合いだろうか。


『ソレデ……ソロソロ、教エテヨ (-_-)』

「?」

『コウチャン、ナンデココニ連レテキタノ? ココニ“証明書”ガアルッテコト? (^o^)』

「そうだな……」


 唇を斜めにして、孝之助は笑う。


「実は、あんまり知られてないんだけど……この店――ボトルキープがあった。それを思い出してな」

『ぼとるきーぷッテ……アッ! (>_<)』


 そこでよし子も、はっとしたようだ。


「夜久銀助はたぶん、そこにヒントを残したんじゃないかと思って」


 そうして孝之助は、再び店員を呼び出す。


「いぜん、キープしておいたはずの夜久銀助の酒。持ってきてもらっていいかな?」

「はい。――呪文詠唱?」

「えーっと。『我招く、無音のしょーれつに慈悲はなく、』…………『汝にあまねく……やくをのがれる、すべもなし』だっけか」

「はい。キープされているのは……“メテオスウォーム”ですね」

「飲みきってしまうから、ボトルごともってきてもらえないかな」

「承知しました、転生者様ー!」


 その後、待つこと十数分。


 運ばれてきたのは、一升瓶に入った日本酒であった。

 それは、日本酒にしては暗い色のボトルで、その中身がわからないような形状になっている。

 手にもつと、とぷんと音がした。


「中身、結構残ってるな……」

『ドウシマス? 飲ンジャイマスカ? (^o^)』

「酔い潰れちまうよ。便所で流してくる」

『ウエー。モッタイナイ (T_T)』

「命のためだ。銀助もきっと、納得してくれると思うよ」


 そして孝之助は便所に向かって……ちょっぴり顔を赤くして、戻ってくる。


『……結局、ノンダンデショ (>_<)』

「ちょっとだけな」

『ンモー (^_^;)』


 あきれる彼女に、孝之助は一枚の紙切れを差し出した。


『……コレハ? (*^_^*)』

「中に入ってた。ビニール袋で保護されてな」

『オオッ。ッテコトハ…… (>_<)』


 彼は気軽に、こう言う。


「アタリってことだ」


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