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その205 33年目の春

 ゾンビ使い。

 寡聞にして知らない名前だが、恐らくは“プレイヤー”だろう。


 孝之助は、跡形もなくなった傷口を揉みながら、こう訊ねる。


「俺が……狙われてるって、マジなのかい?」

『うん』


 現れた少女はどこか血の気がなく、しゃべり方もぎこちない。


――こいつ……“ゾンビ”なのか?


 “プレイヤー”の中には、“奴隷使い”と呼ばれる種別の者がいる。

 “奴隷使い”は、生きた人間を操る能力を持つという。

 ヤツが“奴隷使い”のゾンビ版だというのなら、そういう突飛な発想も、不自然ではなかった。


『ホンダイからイう。……キミは、トモダチからナニか、ウケとらなかったかい?』

「友達……夜久銀助のことかい?」

『そうだ。――ヨウヒシでツクられたカミキレで……“アクマのショウメイショ”と書かれているはずだ』

「悪魔の……証明……っていうと。消極的事実の困難性を現す言葉だよな?」

『……アア』


 孝之助の即答に、メイドロボがちょっぴり、感心したように唸る。


『ゴゾンジナデ? (*^_^*)』


 孝之助は、慌てて首を横に振った。


「いや。たまたま知ってただけだよ。結構、いろんな漫画のモチーフになってるだろ、そういうの」


 すると“ゾンビ使い”は、深く頷く。


『わかる。マンガって、そのテのヨウゴ、ツカいがち』

「だよな」


 思いも寄らぬところで共感を得て、妙な笑い声が漏れる。


「いずれにしても。俺には心当たりがないな」

『……ホントウか?』

「ああ」


 現れた“ゾンビ”の目を真っ直ぐに見据えて、言う。


『…………そうか』


 するとそいつは、人形のようにこちらを見返して、応えた。


『だとすると、スコしメンドウだな。ワレワレはキミを、ホウっておくわけにはいかなくなった』

「――? どういうことだ?」

『もし“ショウメイショ”をワレワレがウバったことにできれば、キミのアンゼンをカクホすることもできた。……だが……』


 “証明書”の場所が不透明であるかぎり、自分は命を狙われ続ける。

 そういうことか。


『すまないが、しばらくカクレるヒツヨウがある。シゴトはヤスんでもらうよ』

「そりゃあ構わないけど……それじゃあ俺、どこに居れば……?」

『ちょうどいい、バショがある』


 そうして――本日、二度目の道を通って。


 孝之助はその、粗末なプレハブ小屋を見上げた。

 そこにはただ、『あなたさまの望む、ありとあらゆるエロスがここにありますよ』と書かれたチラシが貼り出されている。


「“ヨタカ”か……」


 「またくる」と、さっき言ったばかりだが。

 まさか、こんなに早く戻ってくる羽目になるとは。


『孝之助サン……イエ、コウチャンハ、すーぱーうるとらでらっくすルームニ、ドウゾ <(_ _)>』

「ああ……」


 そうして通されたのは、つい先ほど、孝之助の童貞が奪われた部屋だった。


――ここ、スーパーウルトラデラックスルームだったんだ……。


 そう思いながら、ゆっくりと腰を下ろす。


『では、ボクはしばらく、ミをカクす。アンゼンになったら、またレンラクする』

「ああ…………たのむ」


 そうして一人きり、部屋に残されて。


 そこでようやく、失われた耳のことを考える。

 しくしくと涙が出てきた。


――こんななりになってしまってはもう、一生恋人に恵まれないだろう。


 そういう、絶望的な気分になってきたからだ。


――なんでこんなことになっちまったんだろう…………。


 中年男の、独り寂しい夜がすぎていく。



『ドオオオオオオオオオオオオオオオオオリャアアア (>_<)』

『クタバレェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ (*^_^*)』

『コーノ、✕✕✕✕ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア (*_*)』

『黄泉送リジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア (^^ゞ』


「あああああああああああああああああああああああああああああああああう!!

 あああああああああああああああああああああああああああああああああわ!!」



 とはいえ、その心配は不要だった。

 喜田孝之助の人生史上に初めての……春が、訪れたのである。


 33歳の春。

 恋人は――ロボだった。


 きっかけは、単純。


 彼女は、面倒を見る相手を求めていた。

 彼女の主人はもう、彼女の助けを必要としていなかったから。


 そして孝之助もまた、相手を求めていた。

 この世界で、たった一人。孤独な気持ちだったから。




『両手デあれヲなにシテ、100万えちえち+100万えちえちデ200万えちえち!! イツモノ2倍ノジャンプガ加ワリ、200万×2ノ400万えちえち!!

 ソシテ、イツモノ3倍ノ回転ヲ加エレバ、400万×3ノ……コウチャン! アナタノ✕✕✕✕ヲ○○○○スル、1200万えちえちダー!』

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」




 しばし二人は、幸福だった。


 事態が動いたのは、――孝之助が“ヨタカ”に隠れて、一ヶ月ほど経った頃だ。

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[良い点] 1200万えちえち。そうか、ロボだものね。
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