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その202 初体験

「……………………………………え?」


 孝之助は、その場で完全に凍り付いている。


『ドーモドーモ! アラ! オ客様、いけめんネ! (>_<)』


 魚人を思わせる、丸くて大きすぎる目。

 特徴的な頭部からにょっきりと生えた、二本の触覚(アホ毛)。

 ボディラインにぴったりと張り付いたような、奇抜な服装。


『ドーシタンデスカ? 鳩ガ豆鉄砲クラッタミタイナ、顔シチャッテ (*^_^*)』


 ぱくぱくと開閉するその口元は、声を発するのにそうする必要があるからというより、その方がより人間っぽく見えるからそうしているだけ、というような感じ。


「………………………………………ああ…………いや…………」

『オ客様ハ、ノーマルコース、デスヨネ? デハ40分、タップリ楽シミマショウネ ( ^o^)ノ』


 ピッピッピッと、どこからか音がする。

 音源を確かめたところ、彼女の頭部から発された電子音らしい。

 どうやらいま、タイマーがセットされたようだ。


『サア……。オ客様……脱イデチョウダイ……?』


――化物……。


 率直に、思う。


『ソレトモ、キス、カラ……? (*^_^*)』


 いまこの場には、夢も希望も存在していなかった。


 孝之助は下層階級の労働者である。

 職業柄、忍耐を強制されることに慣れていた。

 彼はどうしても、「金返せ」というその一言を言い出すことが出来ず……ただゆっくりと、注射器を目の前にした子供のように緩慢な仕草で、普段使いしている作業服をハンガーにかけた。


「ところで」


 一秒でも“その時”が来るのを遅らせようと、話題を紡ぐ。


「あんた、……何者なんですか?」

『エ? (*^_^*)』

「いやその……なんというか……どうみてもその。……普通じゃないっていうか……」

『普通ジャナイ、可愛サ? (^^)/』

「ああ……うん。そう」

『キャ。ウレシイ (*_*)』


 するとよし子は、鋼鉄の四肢を器用に動かして、ぴょんと飛ぶ。粗末な木製の床が、ドスンと致死的なダメージを訴えた。


――アレに乗られると、身体が潰れてしまうのでは?


 そう思った孝之助は、慌てて話を続ける。


「あときみ、どうみても人間っぽくないけど。そのへんどう?」

『ハイ。ワタクシ、メイドロボ、デスノデ』

「メイド、ロボ……」


 その手のものに疎い孝之助も、いわゆるそれが、オタク趣味の一つだということはわかる。


「きみ、誰に作られたんだ?」

『ソレハ、謎デス (*^_^*)』


 謎? 謎なんてことある?


「そ……そうかい。……ひょっとして、“プレイヤー”関係のやつ?」

『ソンナトコ (-_-)』

「へぇ……」

『サア! ツマラナイ話ハ、ココマデ! 早クずぼん脱イデ! ヤロウゼ (^^)/』


 盗むような仕草で、孝之助の腰に鋼鉄の手が回される。

 気弱な彼は、それを止めることはできなかった。


 そしてメイドロボの、お面にも似た顔面が近づいて。


『……ちゅ (^_^)』


 ファーストキスは、プラスチックの味だった。



『トオオオオオオオオオオオオオオオオオリャアアア (>_<)』

『ウリャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア (*^_^*)』

『コンニャロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ (*_*)』

『天国逝キジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア (^^ゞ』


「あああああああああああああああああああああああああああああああああう!!

 あああああああああああああああああああああああああああああああああわ!!」



 四十分後。


「ハア………………ハア…………ハア…………ハア………………」


 全裸。

 大の字となり、ダブルベッドの真ん中でひっくり返る孝之助。


『ドーデス? ヨカッタ? (*^_^*)』

「…………ア…………ああ…………」


 全身汗だらけで、息を整える。


「君は……君は…………思ったより、すごいんだな……」

『ハイ、マー。デモ、今日ハ特別デス。……“決定的成功(クリティカル)”ガ、出マシタノデ』

「く、クリティカル…………?」

『ハイ。マア、トニカク、スゴイ調子ガ、ヨカッタトイウコト』


 よくわからないが、そういうことらしい。

 いずれにせよ、性癖そのものがねじ曲がってしまいそうな体験だった。


『ドレガ、一番ヨカッタ? (^_^)v』

「なんか……プロレスラーが使う必殺技みたいなやつ」

『ウォーズ・レッグ・ブリーカー、デスネ』

「たぶんそれ」


 などと、うすボンヤリとした達成感と共に、おしゃべりして。


 そこで、ピーピーピーと、よし子の頭部から、音が鳴り響いた。


『アッ』

「もう、時間なのか?」

『ハイ……名残惜シイデスガ…… (T_T)』

「また、きっと来るよ」


 本当は、もうちょっとおしゃべりを楽しみたかったのに。

 少し物足りないものを感じつつ、孝之助は身を起こす。


――いかんな。ハマるかもしれん。


 そう、思いつつ。

 着替えの途中、よし子が何か……小さな紙片を、胸ポケットに押し込む。


『ソレジャ、コレ <(_ _)>』


 恐らく、名刺か何かだろう。


――こういうのもらえるって、本当なんだ。


 初めて接する文化に、新鮮なものを感じつつ。


『オ手紙ヲ書キマシタ。オ店ヲデタ後、読ンデネ』

「…………? あ、ああ」


 そして、よし子の顔面が近づいてきた。


――キスのおねだり。


 孝之助は、ねっとりと濃厚な口づけを交わす。



 それから、金を支払って、店を出て。

 名刺の中身を確認するとそこには、とある一文が書き込まれていた。




『喜田孝之助様


 あなたはいま、命を狙われている。

 詳細はしばし後、あなたの自宅にて。

 取り急ぎのため、失礼な文面をお許し下さい。


            ゾンビ使い』




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