その200 握手
そうして私たち、ぎゅっと握手して。
「…………ところで。さっそくだが一つ、依頼がある」
「え?」
「もちろん、受けるかどうかは、あんた次第。報酬の用意もある」
“楼主”さんったら。いまさら報酬だなんて。
『困ってるから、助けてほしい』って、そう言えばいいのに。
「なんです?」
すると一瞬、彼は仲間に目配せをしました。
壁際に並んでいた六人はそれぞれ、こくりとうなずき合って、事務所の奥へ向かいます。
「――ふう」
そして“楼主”さん、煙管に火を点けました。刻み煙草特有の、甘くて香ばしい匂いが漂います。どうも本題は、これから始まる様子。
「あんたさっき、自分のこと、善人じゃないと言ったね」
「はい」
「そしてあたしらは、そんなあんたでも構わないから、友達でいたいと思ってる」
「ふむ」
それは、何故か?
「――あんただって、うすうす気づいているんだろう。この辺りの治安はいま、かなり危ういバランスで成り立っている」
それは、まあ。
最初にこの辺りを通りがかった時、私、東京駅のプレイヤーを、こんな風に表現しました。
――こいつらのちのち、”魔王”勢力と敵対関係になるヤベー奴らなんですけどね。
と。
「東京駅を根城にしている“プレイヤー”……“ランダム・エフェクト”のことですか」
「そうだ。――あんたが起こした事件は、単なるキッカケに過ぎない。もともとこの辺りには、火種が燻っていたんだ」
“楼主”さんは、皮肉っぽく笑います。
「奴らはね。危険なんだよ。たぶん、あんたが想像するより、ずっとずっと……」
「………………」
ぼんやりと、視線を泳がせて、何も知らないフリ。
たぶん私、彼が思うよりもよっぽど、東京駅の“プレイヤー”に詳しいので。
なにせ彼らって、『J,K,Project』における、メインの悪役ポジションですものね。
『JKP』は、いわゆる悪役主人公もののゲーム。この手の物語の多くは、主人公が行う悪よりも、もっともっと強大な“邪悪”が登場するのがお決まりです。
連中はそういう、“やべーやつら”の代表格。
「やつらが、この土地に襲いかかってこないのはただ、あたしたちがお気に入りの玩具だから。それだけ。常に最上級のサービスを提供し続けているからに過ぎない」
彼の台詞はどこか、聞き覚えがありました。
というのもこの展開、『JKP』でも同じようなイベントが発生した記憶があったためです。
どうやらこの世界でも、条件がそろえばゲーム的なイベントが発生するみたい。
彼との出会いのイベントがなかったから、てっきりそーいう要素、存在しないものだと思ってましたけれども。
「最近の連中、どんどんこっちの領域を侵犯してきている。――“ソフトクリーム”の一件だってそうだ。あたしは、このシマで麻薬の売買を許可した覚えはない」
あー。
リクさんもそういや、そんなこと言ってたっけ。
「連中、あたしらの持ってる玩具を取り上げたくてたまらないって感じだ。――ガキ大将みたいに、何もかも自分のものにしないと気が済まないのさ」
「…………………………」
人の世の道理、というか。
そういうことって、世界のあっちこっちで起こっています。
結局のとこ、力を持つものは、どこかでそれを使わずにはいられないんでしょうね。やっぱ人類って、滅びた方がいい。
「それで――ものは相談なんだが……」
言い方を気をつけながら、私の顔を覗き込む“楼主”さん。
こっから先の流れは私、なんとなくわかっていました。
――もし、あんたが望むなら。
――あんたにとって、その価値があると思うなら。
――気が向いたらで良い。……あたしの”依頼”を受けてくれないか。
うんぬん、かんぬん。
だから私、途中経過をすっ飛ばして、こう応えます。
「はい。わかりました。やります。私、“ランダム・エフェクト”を潰します」
すると、何か言いかけていた“楼主”さんの顔色が、ぱっと明るくなりました。
「…………えっ。いいのかい」
「はい。おまかせあれ」
遅かれ早かれ、連中を始末しなくちゃいけないことは間違いありませんし。
サポートがあるうちにやった方が、よっぽどいい。
理想は、“サンクチュアリ”VS“ランダム・エフェクト”の構図でしたけれど……これ以上待ち続けるというのもね。
と、そのタイミングで、事務所の奥から女性たちが戻ってきます。
そこには、ファイルごとに整頓された“プレイヤー”たちの情報が書き連ねていました。
その中にはどうも、風俗嬢とのデート写真っぽいやつもちらほら。
敵とは言え、プライベートを尊重しているつもりでしょうか。隠し撮りしたものはなさそうですが……怖い風俗店だなぁ。
「――ここに、始末してほしい“プレイヤー”のリストがある」
「ほうほう」
「特にヤバいのは、こいつだ」
そういって彼が指さしたのは……奇妙な顔写真でした。
カラフルなカツラに、赤い鼻。顔面に白粉を塗った、その奇妙な人は――どこをどう見ても、ピエロの扮装をしています。
――なんじゃこいつ。
私の『JKP』知識にもデータがないそいつは、悪夢の世界の住人みたいな笑顔を浮かべながら、ゾンビと戦っています。
「コイツがとにかく、悪鬼のように強い」
「……へえ」
あんまり関わり合いになりたくないタイプだなぁ。夢に出てきそう。
「それでこの……ピエロの名前は?」
「ハンバーガー大好き太郎」
「…………。すいません。いま、なんて?」
「ハンバーガー大好き太郎。レベル123の“遊び人”だ。“太郎”というようだが、一応女らしい」
私、眉をひそめます。
「……へ、へえ…………」
そりゃまた、ユニークな名前の人だなぁ。
「もちろん、本名じゃないだろう。――だがどうも、その通名しか名乗らないらしい。……うちらが使う、源氏名みたいなものかね」
そうなんだ。
「あたしたちはまず、この女をなんとかしなくちゃいけない」
「ふむ」
それがいま、『魔性乃家』が抱えている問題、と。
「一つ、よろしいですか?」
「――?」
「私に出来る『なんとかする』はすなわち、『殺してしまう』ということです。私にそれを依頼すると言うことは――」
皆まで言わせず、彼はこう応えます。
「わかってる。あんたの殺意に、あたしも乗っかるつもり」
「……そう、ですか」
一応、この確認作業は、必須でした。
殺人行為には、精神的なリスクを伴います。
私みたいに、ネジが一本外れてる人間でなければ、やがて心を病む日が来ますので。
「では――明日あたりからさっそく、仕事にとりかかりましょう」
「ああ、たのんだよ」
再び、ぎゅっと握手。
そうしてその日の会合は、お開きとなったのでした。




