その199 悪党
「まず、ひとつだけ確認させていただいてもよろしくて?」
「なんだい」
「敵は、銀座から戻る途中のようでした。……あなたは私の居場所を、彼らに密告したのですか?」
「いや、ちがう」
“楼主”さんは、はっきりとそう応えました。
それでは足りないと思ったのか、隣に座っているアズサちゃんが、その言葉に続きます。
「そうよ。違うの。――“楼主”様は警察に、嘘の居場所を教えたのよ」
「嘘……?」
「ええ。銀座のセーフハウスは、他にもいくつかあったから……その内の一つの鍵を渡したの」
そういや、私がセーフハウスを選んだときも、三つくらい候補がありましたわね。
「わたし、たまたまそれを知って。……それで、先回りすることができたの」
へー。そうだったんだ。
「でも――“獄卒”さんは“ランダム・エフェクト”の使者だったんでしょう? 嘘なんか吐いたら、危険なんじゃあ」
「あの時は、それで何とかなると思ったんだよ。空のセーフハウスを調べた連中が戻ってきたら……こう言ってやるつもりだった。『たぶん彼女、あたしを信用しなかったんだろう。だからきっと、どこか遠くへ逃げたんだ……』って。こういう時は、知らぬ存ぜぬで通すより、それっぽい嘘をくれてやったほうがいい」
「ふむ」
そういうことか。
「でもそれなら、知らぬ存ぜぬで通せば良かったのに」
「それなんだが……何でか連中、“仮面の女”――あんたがここに出入りしてるって、知ってたみたいだ」
「え」
なんだそりゃ。
「これ、あれですかね。裏切り者がいる展開のやつ」
「いや、そうとは限らない。そもそも、連中独自の情報網があるのかも知れないし」
言われてみれば。
この辺りの地区って、来る者拒まず、ですからねえ。情報が筒抜けになってもおかしくはない。
リクさんを殺した夜、たまたま目撃されていた可能性もありますし。
「やれやれ……」
嘆息。
ゴーキちゃんの反応もなし、と。
それならきっと、嘘はないのでしょう。
事情を理解した私は、オレンジジュースのおかわりを注ぎながら、
「でも、向こうはきっと、そう思ってない。あなたに教えられた場所に行ったら、待ち伏せを喰らったんですから」
「ああ」
けれど“楼主”さん、それほど状況を重く見ていないようでした。
「その件に関しては、“獄卒”とよく話し合う必要がありそうだ」
「……大丈夫そうですか?」
「ああ、なんとかなるだろ。――あいつ、馬鹿だから」
“楼主”さんの言葉に、私はちょっぴり噴き出しそうになりました。
そうそう、その通り。
彼って、クールで強キャラっぽいデザインのせいで騙されやすいんですけど、ゲームだとわりかし、お間抜け系のキャラですのよね。
「しかし、“サンクチュアリ”側の人間はどうします? ……さっき、ちょっぴりいろいろあって、“プレイヤー”を一人、殺してしまいましたが」
さりげなく、ここで新情報。
「ウソ」「ヤバすぎ」「この娘……まじ?」「殺人マシーンなの?」「怖……」
壁際の六人が一斉にどよめきますが、“楼主”さんは冷静でした。
「それに関しては、知らぬ存ぜぬで通すよ」
ふむふむ。なるほどね。
そこで私、さすがにこう訊ねました。
「――なぜですか?」
「ん?」
「なぜそこまで、良くしてくれるのです?」
もちろん私は、彼にとってなくてはならない存在。
“どくけし”の供給者です。
けれど、例えそうだとしても、平気で“プレイヤー”を殺す人間を囲っておく理由にはならないはず。
……これもやはり、彼が『JKP』のキャラクターであることと関係があるのでしょうか?
「理由は……以前も言ったはずだ」
「私を、気に入っているから。――本当に、それだけですか?」
「そう。あんたのその、野心と、得体の知れなさと……能力を」
「?」
「聞いたよ。あんた……“ゾンビ”に襲われないんだって?」
その言葉に、ちょっぴりどきり。
別に私、隠していたわけじゃないんですけれど。
「もし、それが事実なら……妙なスキルだ。普通の“プレイヤー”じゃない」
ぎくぎくっ。
「当ててやろうか。――あたしは、あんたの正体、なんとなくわかってるんだよ」
「………………」
「あんたは、アリスに見込まれた、変人の一人。魔女の落胤だ。……そうだろ?」
私、ちょっぴり視線を逸らしつつ。
それに関しては、否定も肯定もしないでおきます。
ぶっちゃけ、そう思い込んでもらった方が助かるので。
「……………………」
でも私、ちょっとだけ良心が咎めて、こう宣言しました。
「でも私、――善人じゃありませんよ」
「知ってる」
“楼主”さん、事もなげに、こう言います。
「だが、歴史を紐解けば、世界を動かすのはむしろ、あんたみたいなヤツだとも思うんだ」
「……………………まあ」
そう言っていただけると、ちょっぴり勇気が湧きますが。
「善意の人は、――個人よりも社会を優先する。だが悪党は、社会よりも個人を優先する。もし、あたしたちが社会の敵となっても……最後まで、味方をしてくれる」
なるほどね。
社会の爪弾きもの。
セックスワーカーである、“楼主”さんなりの論理というわけか。
「暗がりでしか安住できない人間もいるんだよ。――あんたはきっと、そういう奴らの仲間だ。同じく、闇を抱えている人間の一人だ」
社会的なヘイトの高い職業ですから。
私みたいな味方は、一人でも多くほしいのかも。
「なあ、夢星最歩」
「はい?」
「……あんたの夢……“世界征服”。あたしも一枚、噛めないかい?」
おっとここで、ゲームでも聞いたセリフ。
熱心な『J,K,Project』ユーザーとしての返答はもう、「いえす」か「はい」しかありません。
「いいでしょう」
一応私、もうとっくの昔に、決めていました。
この場所に住まう、みんなには。
きっときっと、素晴らしい結末を用意して上げるって。
泥のように甘くて、母親のように優しくて。
素敵で幸福な……そういう終わりを。
私、差し出されたその手を、ぎゅっと握りしめました。




