その198 お説教
って訳で私、”ドアノブ”を使って『魔性乃家』へワープ。
「いやぁ。結構便利なやつ、買っちゃったなぁ」
『買って正解だったかもな』
「ええ。――お陰で溜め込んだコイン、ほとんど吐き出しちゃいましたけど」
『まあ、そのためにいま、ゴールデン・ドラゴンを作ってるわけだし』
たしかにね。
ちなみに、私が今いるのは、アズサさんのお部屋。
いきなり部屋の中に出現するのは、さすがに失礼ですしね。
こんこん、と、扉をノックすると、
「アズサちゃんに用事ですか?」
たまたま通りがかった女の子が声をかけてくれます。
「アズサちゃんなら、”楼主”さんのところに呼ばれていきましたよ」
「あ、そうですか」
私、感謝のぺこり。
ってわけで、早足で”楼主”さんの元へ向かいます。
――ひょっとして、独断専行を怒られたり?
ちょいとばかり焦りつつ、ノックもせずに扉を開くと、
「――馬鹿っ!」
彼の、鋭い声が聞こえました。
部屋を見回すと、壁際に女性が六人、ずらりと並んでいて、ただ一人、アズサさんだけが、応接間のソファに座らされているみたい。
案の定、というか。
私、針のむしろに飛び込んだみたい。
「ドーモ、ミナサン。ユメホシ・サイホです」
みんなの注目が集まっている中、ぎこちない会釈を一つ。
「……来たか」
”楼主”さんは、私の顔を見るやいなや、愛想笑いにも似た笑みを作りました。
私、早口でこう言います。
「聞いて下さい、”楼主”さん。アズサさんは決して――」
「ああ。いまその件で、説教中だ」
「だから、その。アズサさんは決して、自分勝手な理由で動いたわけじゃないんです。彼女は、私のためを思って――」
「それだ」
私の言葉に割り込んで、”楼主”さんはこう言います。
「『あんたを救うため、アズサは一人で向かった』……それが、問題でね。いまその件で、この娘たちを説教している」
「ですから、アズサさんは……。――この娘たち?」
「ああ」
”楼主”さん、眉を怒らせて、壁際の六人にこう言います。
「アズサは、事前に仲間に相談していたのさ」
「あら」
アズサさんったら、ほうれんそう、ちゃんとしてたってこと?
えらいじゃないですか。
「あたしが怒ってるのは――にもかかわらず。……この娘たちは、アズサを行かせたってこと」
……ほーう。
流れ変わったな。
「あんたたち――『魔性乃家』のルールを忘れたかい? スズネ。どうだ?」
訊ねると、壁際の六人のうち、代表格と思しき勝ち気そうな女性が答えます。
「『一人はみんなのために、みんなは一人のために』……ですか?」
「そういうこと」
”楼主”さん、渋い表情でタバコをふかして、
「陳腐な言葉だが……だからこそ、深い意味がある」
紫煙が、室内へと満ちていきます。
「……なあ、スズネ。あんたひょっとして、アズサを死なせるつもりだったんじゃないかい? 一足飛びに“力”を得たこの娘を、やっかんだんだ」
「まさか。そんなことは」
「――ならいまは、その言葉を信じよう。……けれどあんたなら、アズサの行動を止めることも、……その逆に、手伝ってやることもできたはずだ。もちろん、あたしに相談することだって。――けれどあんたは、そのどれも行わず、ただアズサを行かせた。……この意味、わかってる?」
「……………………」
「あんたに、力を持つ資格はないってこと」
「………………そんなっ」
すると、残った五人の女性たちが、口々に言葉を発しました。
「それは」「ひどい」「カワイソー」「お慈悲を」「彼女、反省してます」
そんな彼女たちに、”楼主”さんは冷酷に告げます。
「わかんないか? 人より秀でた人間はね、その力の使い方を、よくよく考えなくちゃいけない。公共の福祉のために使わなきゃならないンだよ」
それ、売春宿の主人が言う台詞ではない気がしますけれど。
「あたしたちはね。……何もしないということが――殺しにも似た罪となる時があるんだ……」
そういう彼の言葉は、どこか悲壮ですらありました。
あるいは……彼なりに何か、苦い経験があるのかも知れませんわね。
『JKP』ではその辺、詳しく語られませんでしたけど。
「あたしだって別に、この世界にいる全ての人間を救え、とは言わないよ。けれど、身内になった人間くらいは……」
そのタイミングで私、口を挟みます。
「“楼主”さん」
「ん?」
「仰りたい言葉はわかります。けれどさすがに、力を取り上げてしまうのは、やりすぎではないかしら」
「…………あんたが、それを言うのかい?」
こくんと頷いて。
そう言ったのは別に、スズネさんに同情したからではありません。
ただ、このタイミングで大喧嘩になると、その遺恨はかなり深くなる気がしました。
六人の様子から察するに、スズネさんってここの“娼婦”の中で、かなり大きな影響力があるように見受けられます。
真に恐るべきは、敵ではなく味方。
これを放っておくのは、むしろリスクを増大させる気がしました。
「アズサさんもアズサさんで、悪いところはあったはずです。……そして十分、その報いは受けました。――それよりも、いま早急に考えるべきは、今後の立ち回りについてでは?」
「それは…………そうだけれどね」
私の一言で、“楼主”さんはあっさりと気勢が削がれます。
何もかもぜんぶ、私のせいである……という根本的な問題に関して、彼は触れようともしません。
――やっぱり。
私はそこで、とある想いを強くしました。
――ひょっとすると『JKP』の登場人物って、私に対して悪意を持つことができないんじゃないかしら。
ってね。
これ、さっき“獄卒”さんと話した時に気づいた事実。
彼らって、ゲーム世界の中では、物語的な立場が固定されています。
“楼主”さんは、「中立的な味方」。
“獄卒”さんは、「憎めない敵キャラ」。
ひょっとすると、この世界に置ける『JKP』のキャラクターは、私に対するスタンスを、大きく変えることができないのかも。
あくまで仮説の域を出ませんが……。
「…………そうだね。最歩の言うとおりだ。今はとにかく、対応策を考えなくちゃ」
“楼主”さんはそう言って、深く嘆息しました。
どうやらようやく、冷静に話し合う準備が整ったみたい。
私は、アズサさんの隣にぽすんと座ると、……彼女のために用意されていたオレンジジュースをごくごくと飲み干しました。
彼にはいくつか、聞かなければならないことがあります。




