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その18 本日の予定

 そして迎えた、次の日の早朝。

 空が白み始めると同時に、自然と目が覚める。

 僕は生来夜型なのだが、昨夜零時を回るころにはすっかり眠くなっていた。

 弟もそれは同様だったらしく、いい年した兄弟が揃って、五時過ぎには洗面台に並んでいたからお笑いだ。


 そろそろ米が固くなり始めているコンビニのおにぎりと温かい緑茶で簡単な朝食を済ませると、ソファに座らせた二人に、計画を発表する。


「今日はこれから、ホームセンターへと向かってもらう」

「ああ」『ウー……、あー……』


 首肯する亮平。あどけない表情で首を傾げている豪姫。


「目的は、武器となる道具類、その他の物資の収集だ」

「武器……今ある分じゃあ足りないのか?」

「ああ。できれば昨日、味方につけた”ゾンビ”全員分の装備を充実させたい」


 そのうち彼らには、我が家の防衛と、周辺にいる”ゾンビ”の掃討に当たってもらう。武器は消耗品だ。”ゾンビ”の群れを相手にするのであれば、山ほど必要になるだろう。


「とりあえず、ご近所さんからもらってくる手は?」

「もちろん、それもする。だが、ホームセンターが先だ」


 僕がそう言ったのは、ここいらの住宅地では案外、生き残っている住民が多いためである。

 今、この辺りの人たちは多分、不安に震えながら侵入者に過敏になっている時期だろう。下手なトラブルは避けたい。


 これは亮平には言わなかったことだが、もし彼らと協力する時がきたら、食糧が尽き、にっちもさっちもいかなくなって助けを求めてきた時だと決めている。

 それがもっとも効率的に”感謝”される手段だろうし。


「なあ、兄貴。ところで、おれたちの目的はなんだ? 今後、()()()()やるつもりだ?」

「当面の目的は、大きく三つ、ある」


 これには即答する。

 弟がその辺を不安に思っていることはなんとなくわかっていた。


「一つ。仲間を増やす。

 二つ。安全地帯を確保する。

 三つ。それらを利用して、僕と、僕の支配下にある”ゾンビ”たちを強化する」

「それで?」

「ん?」

「兄貴はこれから、スーパーマンになる。それはわかる。だけどその後、どうする? 何をするつもりだ? 仲間がいて、安全地帯があるなら、もうそれで十分じゃないか。それ以上強くなる理由はあるか?」

「……………」


 弟が漠然と心配する理由もわかる。

 たぶん、ヤツなりに心配しているのだろう。――この世の中がまた、死と争いが支配する時代に逆戻りするのではないか、と。

 わかっている。ああいうのは物語の中だけで十分だ。

 死の恐怖とストレスを抱えて生きていくなど冗談ではないし、何より僕は、他者の気持ちに想像力が働かないようなヤツが覇権を握るような世の中は、とても我慢できない。


 とはいえ、いくら個人的に嫌ってもそれは、やむを得ない展開になるだろう。

 怪物どもが跳梁する世界における、超人同士の殺し合い。

 それが、この世界の神々のお望みならば……。


「やむを得ん。外敵に対抗するためには、強くなる必要があるからな」

「そう、か……」


 弟は物憂げに応えた。


「それに、今日の探索にはもう一つの意味がある。――神園優希と、天宮綴里を助けに行くんだ」

「えっ」


 すると、亮平はわかりやすく顔を上げて、


「二人を? 助けに?」

「そうだ。少し寄り道になるが、――航空公園の方面にも向かう」


 実を言うとこれは、たった今アドリブで思いついた案だった。

 人は何かを行うとき、「正しいことをしている」という自負が必要である。

 今日の行動には、弟にとってそういう要素が足りていないと感じた。

 それ故、こう言う必要があったのだ。


「まず、ホームセンターの状況を確認する。あらかじめ必要な道具類をまとめておいて、二人と合流しよう。その後、余力があれば一緒にホームセンターに戻って、道具類を回収。戻ってくる……それが大きな流れだ。だが、かなり危険な旅になる。いけるか?」

「ああ、……ああ! いけるよ。やろう」

「とはいえ、これはあくまでも予定だぞ。状況次第では、最初のホームセンターに行った時点で引き返してくる。救出は明日だ」

「オーケイ」


 その後、僕たちは詳細に打ち合わせをして、帰還の条件をあれこれと検証する。

 事前準備はしっかりと済ませる必要があった。

 何せ、豪姫を操作中の僕は、弟と満足に意思疎通をすることができない。


 ボイスチャット機能のようなものがあればいいのだが……。

 まあ、贅沢ばかり言うのも良くないか。



「そんじゃ、行ってくるよ」


 ”ゾンビ”に引っ掻かれても平気なよう、生地の厚い服に着替えた弟は、そう言って気軽に出かけていった。


 武器運び担当は亮平。戦闘担当は豪姫。


 仲間にしたばかりの”ゾンビ”軍団は、今回は休ませておく。

 昨夜、時間をかけて慣れない化粧を施した結果、豪姫のみ、人間味のある容姿にすることができた。今なら「ちょっと無口な怪力少女」くらいのキャラクターを演じさせることは難しくないはず。


 席を外さずに済むように非常食を用意し、熱いコーヒーを一杯、淹れる。

 PCモニターを座り、Wキーで前進しながら、地図の通りに道を進んでいった。

 無論、事前に《死人操作》によって調べておいた、”ゾンビ”の少ないルートは完全に暗記している。

 お陰で道中、平和なものだった。

 普通の人間が一時間くらいかけて歩く道程を、普通に進んでいくだけである。

 亮平はかなり暇を持て余していたらしく、


『あー……っと。この辺、久々に歩くな。懐かしいわ』

『お。ここ、幼稚園の時に通ってた店だわ。ジャンプ立ち読みしてた』

『映画いきてーな』

『ってかエッチしたい』

『なんかその辺に、都合良く暴漢に襲われてる美人な女の子いねーかな』

『なあ、兄貴って、電車男って知ってる? 俺らが子供の頃に流行った話で』

『ああいう出会いって、浪漫だよな』

『でも、前に優希とその話したらさ、「童貞の妄想」だってさ』

『「あんな風に、都合良く困ってる美人に出くわすことなんてない」って』

『ひどくねえか?』


 などと、聞くに値しないレベルのぼやきを飽きもせず続けてくれる。


 実際に奴の隣にいたら、どのように僕は応えていただろう。

 無意味な物思いに耽りつつ、熱いコーヒーを口に含むと、――その時だった。


 弟が話す「都合の良い童貞の妄想」、そのものの展開を目の当たりにしたのは。

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