表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

199/300

その197 憧れの人

 そうして私は、大慌てで路地裏へ逃げ込みました。

 その後ろには、猛烈な粉塵が迫っていて。

 危うく、全身土まみれになるところでした。


「ひえぇぇぇぇぇぇぇ……」


 私、ぞっと背筋を凍らせながら、物陰に身を隠します。


「あ、あぶなかったぁー。……お風呂もない環境で、汚れるのは勘弁です」

『心配するとこ、そこかよ』


 ゴーキちゃんが、呆れたように言います。

 だってしょーがないでしょ。

 いまの私、シャワーを自重しなくてはならない身の上ですの。

 一度身体が汚れたら、しばらくそのままでいなくちゃいけません。


 私にとって世界征服は、気持ちに余裕がある時にする、趣味のようなもの。

 万全な体調を維持するのも、お仕事の一つなのです。


『ってかさー。マスターさぁ』

「ん?」

『自分から武器手放して、やりっぱなしで逃げて……。いっちゃあなんだけどオメー、喧嘩の才能、ないんじゃねーの?』

「てへへ」

『いや、テヘヘじゃなしに』


 そう言われると少し、気まずいかんじ。

 私、確かにそういうこと、得意じゃありませんのよねー。

 昔から、不器用といいますか。

 喧嘩とは縁遠い生活をしてきたもので。


『これやっぱ、あたし以外の仲間、必要かもね。戦闘を担当してくれるやつ』

「……そう思います?」

『うん』


 うへえ、困った。

 私、あんまり仲間、増やしたくないんですのよね。


 ……まあ、バトル役の子はそのうち、作るつもりだったんですけれど。

 理想はやっぱり、世界で一番信用できる存在……私自身が矢面に立つことなのです。


「……金策用の仲間(ゴールデン・ドラゴン)は、どういう感じ?」

『今んとこ、外ればっかし。やっぱ、一日二日で作れる確率じゃねーな』


 そっかー。


 やっぱりどうしても、運が絡む作業になるとなぁ。

 私が、ぷひーっと嘆息していると……。


「貴様」


 灰色の土埃の中から、一人分の影。

 その声優(こえ)には、聞き覚えがあります。


――”獄卒”さんか。


 私、ひょいと顔を出して、彼の姿を見ました。


『おい……危ないんじゃ……』

「いえ」


 大丈夫。

 私は、にっこり笑顔で立ちあがります。

 ()()()()()()

 それが、わかっていましたので。

 『J,K,Project』に置ける、彼の立ち位置は知っています。


 ”獄卒”さんって、物語世界における「憎めない敵役」ポジションのキャラクター。

 立場的な問題で私と組みすることはないのですけれど……彼自身の心情は、主人公である”私”に感情移入せずにはいられない。

 そういう感じの子、なんです。


 彼きっと……根っこのところに、”終末因子”が育ってる。

 世界を憎んでいるんですよ。

 だからでしょう。同じく”終末因子”である私に、惹かれずにはいられない。


「貴様…………貴様は…………」


 ”獄卒”さんは……いま、自分に芽生えつつある新しい感情に、動揺しているみたい。


「――――――――――」


 しばし、押し黙って。


「………………あの」


 口の中でもごもご言った後、手書きのメモを取り出し、


「これ。……その。連絡先なんだが」


 私に、そっと手渡します。

 そこには、東京駅内にある、とある部屋の地図が描かれていました。

 すると彼、そのような真似をしている自分に驚いているような顔をして、


「別にこれは……変な……変な、意味じゃない。口説いているとか、そういうことじゃ。……ただ、貴様の強さに、……興味があって」


 うふふふふふ。

 強い存在に対する憧れは、男の子であれば誰しも持つもの。


 相手の好意を確信している恋愛ゲームって、実に気分がいいですわねー。


 ”獄卒”さんったら、先ほどまでの屹然とした態度はどこへやら。

 なんだか、純朴なティーンエイジャーみたいに、顔を赤くしていました。


「ひとつ、よろしくて?」


 私、魅力的なお姉さんっぽく(当社比)微笑んで、


「こんな風に、一方的に連絡先を渡されても、困りますわ。……罠かもしれませんし」

「罠じゃない」


 ”獄卒”さん、慌てて言います。


「もし罠なら、こんな風に話しかけたりしない。……立場はどうでもいい。貴様の話を聞きたい。興味がある。……悪いか?」


 私、ちょっぴり腕を組み、


「あなた、自分だけの私書箱、みたいなものはありませんこと?」

「あいにく、ない」

「であれば、”楼主”さんを通して用意してもらって下さいまし。彼なら、安全にやり取りできる場所を準備してくれるはずです」

「しかし…………」


 そして私は、彼の肩にポンと手を当てて、


「それと。――もし、私と仲良くしたいのなら……”楼主”さんとも、喧嘩しないでくださいましね。いいですか?」

「あ、ああ…………」


 そういって私、”ドアノブ”を捻りました。

 すると、私の背後に木製の扉が出現。それを開きます。


「それでは。また、縁が繋がれば」


 うんうん。

 なかなかクールな去り際だった気がするぞ。



『ってか、マスター』

「え?」

『路地裏に逃げ込んだとき、”ドアノブ”のこと忘れてただろ』

「……。てへへ」

『さてはあんた、当意即妙なムーブ、めちゃくちゃ苦手だな?』


 まあ、良いじゃないですか。

 お陰で、”獄卒”さんとの繋がりが生まれたワケで。


 何ごとも、塞翁が馬というやつです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >「あなた、自分だけの私書箱、みたいなものはありませんこと?」 「あいにく、ない」 「であれば、”獄卒”さんを通して用意してもらって下さいまし。彼なら、安全にやり取りできる場所を準備し…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ