その196 有効活用
ぉおおおおおおおおおお………………。
土煙が去り。
「…………………………」
急激に体温を失っていく銀助を庇っていた理津子は、自身の身体に降り積もった土を払いながら、すっくと立ちあがった。
そして……ゆっくりと周囲を見回す。
土埃が、雪のように降り積もっていた。
敵の姿は……ない。
味方も。
”仮面の女”も、”獄卒”も、”ゾンビ使い”も。
文明の残り香が色濃く残る銀座の街で……理津子は一人、冷たくなった相棒の守人となって、立ちすくんでいる。
悲惨な死体だった。
誰もが「こうはなりたくない」と、そう思わずにはいられないほどに。
けれど理津子は、目を背けなかった。
――俺はこの世界で、”正義の味方”になりたい。
彼のことを。
自分の失敗を、決して忘れないように。
しばし、普通の女の子のように無力に、めそめそしていると、
『――オソくなった』
再び、”ゾンビ使い”が現れた。
とはいえ、その顔は違っている。少し勝ち気な顔つきの、女ゾンビだ。
先ほどの個体は死んでしまったから、別のゾンビを寄越したのであろう。
「…………”仮面の女”は?」
『ニガした』
「…………そう」
深く、嘆息する。
期待していたわけじゃなかったけれど。
『すまない』
「………………別に」
理津子は、涙のあとを冷たく感じながら、そっぽを向いた。
ゾンビ越しに謝られても、溜飲は下がらない。
『いいわけを、するワケじゃないが。……このアタりのきなクサさは、フツウじゃない』
「……どういうこと?」
『この、マチ。――あっちこっちに”プレイヤー”がヒソんでる。こうしてるイマも、レンチュウにみられているんだ』
「――え?」
理津子は、少し意外そうに辺りを見回す。
その手の勘は、鋭い方なのに……。
『あっちこっちに、ヤツらのナワバリがあるらしい。……ナンドかトラブルになりかけて……オクれたのは、そのためだ』
「………………そう」
どうやら、向こうも向こうで、結構大変だったらしい。
もちろんそれが、何かの慰めになるわけではなかったが。
『それより。――イマのうちに、やっておきたいことがある』
「え?」
『そこのシタイ。……ヤク・ギンスケだったな』
「……ええ」
『カレをイマから、ゾンビにする。カマわないか』
「………………え?」
思ってもみなかった提案に、理津子は目を丸くする。
「それ、どういう、意味?」
『まず、ひとつ。カレほどのプレイヤーを、このままクサらせておくのはオしい』
正直、殺してやろうかと思った。
実際、それだけの理由で彼の命を玩具にするというのであれば……”サンクチュアリ”の人間はみんな、”ゾンビ使い”を許さないだろう。
剣呑な雰囲気を読み取ったのか、”ゾンビ使い”はこう応える。
『それと、もうひとつ。……これは、カレジシンのノゾみでもある。……もともとカレは、ボクとケイヤクしていた。「もし、こうなったトキは、ジブンのカラダをユウコウカツヨウしてくれ」と』
「……………………………………」
『ホントウだ。イチオウ、サインいりのケイヤクショもある』
「……………………………………」
なんとも、銀助らしい。
死後の尊厳よりも、実を取ったということか。
「………………もし、それが本当なら。…………故人の意向に沿うのが筋」
『ごリカイいただけて、タスかる』
「でもそれ……本当、なのよね?」
『モチロンだ』
”ゾンビ使い”とは、まだ信頼関係を築けていない。
これが、大嘘である可能性はある。
『”サンクチュアリ”にモドったら、ケイヤクショをみせる』
「…………わかった。約束よ」
『うん』
そう言うやいなや、目の前の女ゾンビが、彼の傍らに座り込んだ。
どうするつもりかと、その様子を見守っていると……銀助の身体の、まだ無事な部位……左肩に唇をつけ……かりっ、と、その皮膚に噛みついた。
『………………ウ……………………あ………………』
数分も待たずに、死んだはずの銀助の喉から、低い声が漏れ出る。
恐るべきは、”ゾンビ毒”。
こんなにも簡単に、死者を再稼働させるのだ。
『………………ウウウウウウ……………………アア、ア………………』
マスクで隠れた、その表情は不明。確認したいとも思わない。
この世に、知り合いの”ゾンビ”化ほど哀しいことはないから。
「……………………」
右肩から心臓にかけてを大きく欠損させた彼は、不揃いな肉体を不器用に動かしながら、よろよろと立ちあがった。
「…………何してるの。早く」
『わかってる。ヨミコミに、スコしジカンがかかるんだ』
「……………………」
しばし、待つ。
夜久銀助だったその身体は、理津子をじっと見つめている。
間もなくして、”ゾンビ使い”が彼の身体を乗っ取って。
『…………よし』
死んだはずの彼が、意味のある言葉をしゃべった。
――けれどもう、彼は彼じゃない。
理津子はまた、泣きそうになっている。
『まず、カレのカラダをナオさなくてはならない。このカラダをいったん、ボクのアジトへもどす。……いいね?』
「…………わかった」
『キミは、どうする?』
「きまってる」
理津子は、彼女にしては少し例外的なほどにはっきり、こう言った。
「”仮面の女”に、責任を取らせるの」