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その195 残酷な世界

 終わる。終わる。終わる。


 ……いや。

 きっと、終わった。


 いま、”終末”後の苦楽を共にしてきた仲間の命が……終わりを告げたんだ。


――”正義の味方”になりたい。


 なんて。

 いい歳して、夢を語っていた彼が。

 少し軽率で、子供っぽいところが魅力のおじさんが。


――私が、代わりに死ぬべきだったのに。


 なんどでも生き返ることが出来る、私が。


 その後、何千回も繰り返すことになる後悔を胸中に、多田理津子はこぼれ落ちそうな涙を必死に堪えた。


――こいつ、殺す。


 ”不死隊”のルールを違反しても。

 心が外道に堕ちたとしても。


 それでも自分は、復讐せねば。

 ここで、決着をつけなくては。


 理津子の右手には、銀助愛用のトンプソン機関銃が握られている。

 いかに強力な”プレイヤー”であっても、眼球に弾丸を受ければ、死ぬはずだ。


 彼女にとっての勝ち筋はいま、それしかなかった。


「おりゃ、おりゃ、おりゃ!」


 バラエティ番組ではしゃぐお笑い芸人のような仕草で、敵はぶんぶんとフライパンを振り回す。その速度は、常人のそれではない。まるで、動画の早回しをみているかのようだ。


 とはいえそれでも、戦い慣れている理津子にしてみれば、児戯に等しい。彼女は戦闘時、数瞬後の敵の攻撃を予測する能力を持っている。

 どんな攻撃も、当たらなければ怖くはないのだ。


「この~~~~~~~!」


 そういう彼女の顔面に、機関銃を撃ち込む。

 とたたたた! と短く引き金を引くが、”仮面の女”は、小雨を避けるような仕草で、弾丸をすべて受け止めてしまった。


「ちくちくちくちく……うっとーしー!」


 化物、と表現するほかにない耐久力だ。


「く…………ッ!」


 心が折れかけた、その間隙を狙うように、飛びかかる”仮面の女”。


――まずい……っ。躱しきれない。


 そう思った、次の瞬間だった。

 がくん、と首根っこが引っ張られて。


「――!」


 ぐらりと、天地がひっくり返る感覚。

 すぐさま、超人的な運動神経で体勢を立て直す。


 顔を上げると、そこにいたのは……、


『すまん。オクれた』


 一人の、少女であった。

 古びた学生服を身に纏ったその娘は、特筆することの少ない容姿をしている。

 ただひとつ、普通と違う点を挙げるなら……その、人間味が一切感じられない、血色の悪さであろうか。

 無理もない。彼女は、人間ではないのだ。


――”ゾンビ”。


 それを使うもの。

 ”サンクチュアリ”が送った、三人目の追っ手。

 ”ゾンビ使い”が現れたのだ。


「………………今更ッ!」


 だが理津子は、感謝などしない。

 遅い。遅すぎる。

 理不尽な憎悪が、胸を焦がしていた。


 こいつの到着が遅れたせいで、夜久銀助は死んでしまったから。


『………………』


 現れた助っ人が、それについて言い訳をすることはなかった。

 ただやつは、敵に向けてライフル銃を向け……有無を言わせず、発砲。


「………………うわっと!」


 今度の一撃は、少しは効いたらしい。

 肩に弾丸を受けた”仮面の女”は、ちょっとだけ体勢を崩して、よろめく。


「…………い、痛ぁ……!」


 恐らく、通常弾ではない。何らかの魔法で強化された弾丸だ。

 ”ゾンビ使い”に使役された”ゾンビ”は、もう一発目の弾丸を装填し、機械的な動作で狙いを付ける。


 対する”仮面の女”が行った行動は、


「こんにゃろー!」


 ”フライパン”の、投擲であった。


「…………!」


 なんとなく嫌な予感がした理津子は、慌ててその射線から離れる。

 彼女の勘は正しかった。


 ギィイイイイイイイイイイイーーーーーーーーーォン!!!!!


 まるで、ジェット機が発進するような音が辺りに鳴り響き……”フライパン”が飛翔。ライフルを構える”ゾンビ”の上半身をあっさりと吹き飛ばしたのである。


 ”フライパン”がもたらした破壊は、それだけに留まらない。

 地面に対してほとんど並行に投げられたその調理器具は、理津子たちの背後にあったビルに突き刺さり、


 どぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 爆裂四散。

 たった一撃で、鉄筋コンクリートの建物を、倒壊せしめたのであった。


「……………………!?」


 事前に身を躱していた理津子だけが、その状況を観測することができた。


――そうだ。銀さんは、ロケット弾を受けても、生き残れるはずの人。


 そんな彼を、虫けらのように殺した攻撃力……この程度の威力であってもおかしくない。

 冷静な頭でそう考えていると……土煙が、世界を覆い隠すように迫っているのに気づく。


「うっ………………!」


 どこかへ、避難しなくては。そう思う。

 けれど、できなかった。


 自分でも、よくわからない感情が湧き上がって……彼女は、夜久銀助の死体の上に、覆い被さる。


 きっと、意味のある行動にはならない。

 けれど、彼女はこう思った。


 仲間の死体を、これ以上穢したくない、と。


「…………………………!」


 全身に、土と小石が降り注ぐ中、理津子は必死に歯を食いしばった。


 なぜ、自分はこんなに弱いのか。

 なぜ、人間はこんなに、弱いのか。


 この世界は、あまりにも残酷だ。


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