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その193 殺人おままごとセット

 そうして私が取りだしたのは、”ブロッコリー”と”おさかな”――そう呼ばれている食品でした。

 「そう呼ばれている食品」なんてもったいぶった言い回しをしたのは、私が手にしているそれは、どこをどう見ても、自然に作られた産物ではなかったから。


 ”おままごとセット”の名に恥じず、それはどこか、木製で作られた模造品(イミテーション)に近い形状をしています。

 説明書によると、




『ブロッコリー

 たんぱくしつがおおく、とうしつがすくないやさい。

 マッチョなひとは、みんなたべてるよ。

 こうのう:DEF+850

 ※誤飲防止のため苦味成分が含まれています』


『おさかな

 たんぱくしつがおおく、とうしつがすくないおにく。

 たべたらアタマがよくなるというのは、デマ。

 おとうさんとおかあさんに、おしえてあげてね。

 こうのう:SPD+200

 ※誤飲防止のため苦味成分が含まれています』




 とのこと。

 ここで重要なのは、この『DEF+850』と、『SPD+200』という数値です。


 これらをゲーム的に計算すると、現在のレベル帯のプレイヤーには、決して引けを取らない戦闘能力を得られるはず。


 って訳で私、”ブロッコリー”と”おさかな”をぱくり。


「…………ッ!」


 オーソドックスなお饅頭くらいのサイズ(けっこうデカい)のそれを、ムッシャムッシャムッシャと口に含みます。

 味の方は……残念ながら、あまりよろしくありません。

 ちょっと苦い味のラムネを噛んでいるようなかんじ。


「………………………………………」

「………………………………………」

「………………………………………」

「………………………………………」


 一同、なんだか気まずい雰囲気。


「みにゃひゃん、もうひょっとまっひぇくだひゃいまひ(みなさま、もうちょっとだけ待ってくださいまし)」


 一応お願いしてみましたが、残念ながらお相手さん、そこまでお人好しではないみたい。

 名称不明のマスク男が、無言のままトンプソン機関銃を連射。

 とたたたたた、と、タイプライターを打つような音が響き渡りました。


「むひゃ、むひゃ!」


 私、その場で愉快なダンスを踊りながら、ごくんと”ブロッコリー”を呑み込みます。弾丸が数発、膝下に当たった気がしました。


「……んがむぐっ!(怖っ!)」


 けれど私、ぜんぜん平気。

 どうやらギリギリ、”ブロッコリー”の効果が働いてくれたみたい。

 撃たれた膝下には、でこぴん喰らった程度のダメージしかありません。


――これ、明らかに”栄養剤”ってレベルの効能じゃありませんけど。


 まあ、ゲームに登場するアイテムってたいてい、そういうものか。


 ヒトの肉体にはまだ、未知の領域がある。

 そう思いつつ私、”殺人おままごとセット”の”フライパン”を構えます。




『フライパン

 おもに、たべものをいためたりするどうぐ。

 にんげんを、いためたりもできるよ。

 いりょく:ATK+500

 ※誤飲防止のため苦味成分が含まれています』




 それは、いかにも玩具めいたデザインの調理器具。

 もちろん、これで調理するのは、食べ物ではなく、人間です。


「よーし。それじゃ、がんばるぞ」


 私はそう宣言して、フライパンをぶんぶんと振り回しました。

 身体が、とてつもなく軽い。栄養剤の効果でしょう。


 運動音痴の私でも、いまならあの超人(プレイヤー)どもを蹴散らすことができそうです。


「では……しょうぶ!」


 そう言って、ダッシュ。

 その時にはすでに、敵は陣形を変えていました。


 まず、私の攻撃を受け止める役目に、例のマスク男。

 その背後に控えるように、理津子さん。彼女はさっきマスク男が使ったトンプソン機関銃を構えています。

 そしてその隣に、――”獄卒”さん。彼、微妙に隠してますけれど、右腕を失っています。きっとアズサさんにやられたのでしょう。すごいぞアズサさん。


「トオオオオオオリャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 私の駆ける様は、決してクールであった訳ではありません。

 文系女子の、運動会。そんな感じでしょうか。


 けれど、いまはそれで十分でした。

 私まだまだ、戦闘経験は未熟。

 プレイヤーでいうと、”レベル1”の状態です。

 最初から何もかも様になっていたら、それこそ嘘というもの。


「リャアアアアアアアア…………けほっ、けほっ…………」


 とはいえこの”レベル1”は、オクスリによって超絶強化された”レベル1”。

 鋭い爪を隠した子猫なのですよ。


「おい……。あんた、悪いこと言わないから……っ」


 マスク男が、シロウトさんを相手にするような口調で声をかけてきます。


――一人、殺ったかな。


 そう思っていると。


「銀さん! 油断しないッ!」


 浅黒い肌の少女(理津子さん)が、叱責を飛ばしました。


「ッと。――《聖騎士の大盾》ッ」


 そういうと、彼の右腕に、彼自身の身の丈ほどもある巨大な盾が出現します。

 盾は見たところ金属製に見えますが、得体の知れないオーラめいたものに包まれており、その形状は不定。

 水銀の如く揺らめくそれは、どうやら術者の意志で、ある程度形状を変化させることができるみたい。


 銀さんとやら、私の攻撃を完全に受け止める格好で、盾を構えました。


「………………っ」


 内心、ほっと安堵します。


 普通の”プレイヤー”相手なら、それで十分な防御行動でしょう。

 とはいえ――私相手には…………ぜんぜん足りない。


 そして私は、マイペースにフライパンを振るいました。

 するとどうでしょう。彼の盾は、まるで豆腐みたいにぐにゃりとひん曲がり、彼の右腕ごと、吹き飛んでいったのです。


「な、アッ!?」


 客観的に見てそれは、きっと異様な光景だったことでしょう。

 ごく普通の、ひ弱なティーンエイジャーが、二回りも身体も大きいオジサマの身体に、致死的なダメージを与えてたのですから。


 彼の失敗は、――私を舐めすぎたこと。

 あと、下手にその場に踏みとどまろうとしたこと。


 私には、肉を刻んだ手応えすら、ありませんでした。

 こちらの攻撃力と、彼らの防御力には、それだけ大きな差が開いていたためです。


「――――――――――――!?!?!?!?!?!?!?」


 マスク男の彼、右肩から心臓にかけて、削り取られるようなカタチになって、その場で力なく、膝を折りました。


――まず、ひとり。


 いま、この瞬間。

 状況を理解できている人間は、きっと私だけでしょうね。


 なにせ、彼らの常識では、決して理解できない出来事が起こっているわけですから。


 ”プレイヤー”の皮膚は、弾丸すら跳ね返す。

 そんな彼らの肉体が、こうも簡単にミンチにされてしまうなんて。


 私、くるんと手首を回して――フライパンを持ち直します。


「よし。つぎ」


 敵の表情に、『恐怖』の二文字が刻まれていました。


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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、魔王が圧倒的に強いのは様式美ですね
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