その192 彼女の愛するもの
『おいマスター。オメー、そっこーで約束やぶるじゃん』
「しょうがないでしょ。今回の場合は」
私、急遽購入した”どこにでも行けるドアノブ”を握りしめつつ。
いま腕の中には、額から血を流したアズサさんがいます。
「………………う…………」
アズサさん、苦しげに唸って、こちらを見上げました。
「よかった。――最歩ちゃん、無事だったのね」
「ええ」
どうも私たち、入れ違いになってたみたいですわね。
アズサさんはそこで、少しだけ咳き込んで。
そして、喉を詰まらせながら、ぼそぼそと、語り始めます。
「――私……”楼主”様に、力をもらえたの」
「はい」
「それって、普通じゃ考えられないことなの。力をもらえる娼婦は、本当に一握りだから……」
「はい」
「ぜんぶぜんぶ……最歩ちゃんが言ってくれたから……なんでしょ?」
「はい」
「それで……なにか……お返ししなくちゃって」
「……はい」
「でも……ごめんね。余計なお世話だったね」
「…………いいえ」
私は目を細めて、彼女の頭を撫でます。
この時ほど、”プレイヤー”どもの使う《治癒魔法》が欲しいと思った時はありませんでした。
いやはや。
我ながら、情けないことこの上ない。
善かれと思ってしたことが、こんなことになってしまうなんて。
「あなたは、私の命の恩人ですわ。……何が怖いって、不意打ちほど怖いものはありませんもの」
「……そっか」
そういうと彼女、少しだけ咳き込みます。
どうやらアズサさん、よっぽど痛めつけられたみたい。
息をするのも辛いみたいでした。
「それなら、頑張った甲斐、あったわね」
正直私、こう思います。
――馬鹿な人だ。
って。
だってそうでしょう。
私、どっちかっていうと、人類の敵で。
彼女にとっては、友達を殺した仇なんですの。
そんな相手に、恩義を感じてしまうなんて……。
間が抜けている。
けれど世の中、そういうものなのかもしれません。
愛とか、夢とか、希望とか。――多くのヒトが、深刻に考えているもの。
そのほとんどは、大きな目線で捉えれば……実にくだらない、茶番劇にすぎないのかもしれなくて。
でも、だからでしょう。
私……「この想いに応えなくちゃ」って、そう思えたんです。
正しくないこと、不毛なこと。
他者に仇なし、自身を破滅へと向ける……ありとあらゆること。
そういう全てを……私は、心の底から愛しているから。
――綺麗は汚い。
――汚いは綺麗。
”どこにでも行けるドアノブ”を捻ります。
すると、私たちの足下に、一枚の扉が出現。
その先は、『魔性乃家』にある、彼女の自室に繋がっているはずでした。
「……アズサさん」
「え?」
「――いったん部屋で、お休みになっていて下さい。私、今からちょっと、やることがあるので」
「でも――」
答えを待たずに、扉を開きます。
「ひゃ……!」
悲鳴が聞こえたのは、一瞬だけ。
ぽすんと、ベッドの上に落ちた彼女を見守ったのち、扉を閉じました。
「…………さて、と」
そして私、幽鬼の如く立ちあがって。
「あのー、すいません。そこにいらっしゃる、愚かな人類のみなさん」
遠く、状況を見守っている三人(理津子さん、”獄卒”さん、謎のマスク男)に声をかけます。
「………………なに?」
彼らを代表して応えたのは、理津子さん。
「今から私、あなたたちを攻撃します。――もし死にたくない方がいれば、背を向けてお逃げになって下さいまし」
これが、いまの私にできる、最大限の譲歩でした。
私は……彼らの求める、ありとあらゆる要求を認めるわけにはいきませんでしたから。
「…………………………。悪いけど私たち、あなたに聞かなくちゃいけないことが、ある。大人しく降参して」
「ふむ」
では、決裂と言うことで。
私、小声で相棒に声をかけます。
「ごめんね、ゴーキちゃん。こんな感じになっちゃって」
『…………いんや。別に構わないけど。――あたしが戦った方がいいか?』
「そうですね……」
少し、考えて。
この程度のプレイヤーを相手に、彼女に動いてもらうべきかどうか、考えます。
『JKP』を基準に考えるのであれば……彼女の初期性能はおおよそ、レベル180相当のプレイヤーと同等だったはず。
普通に戦えば、絶対に負けない強さですけれど……。
…………うん。
万が一、ということもあります。
彼女はあくまで、頭脳担当。
その他大勢相手に消耗させるのは、少し惜しい。
「私一人で十分でしょう」
『おっけー。そんじゃあたし、昼寝しとくね』
「どうぞ」
そうして私は、ポケットの中に”ドアノブ”を突っ込み……別のアイテムを取り出します。
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奇想天外武器シリーズ ”殺人おままごとセット”
――武器はなぜ、武骨な形状でなければならないのか……。
――もっと、日常に即したデザインの武器があってもいいのではないか。
『殺人おままごとセット』は、そんなコンセプトの元に制作された、奇想天外武器シリーズの一つだ。
セットに含まれる武器は、
『ほうちょう、フライパン、てなべ、ミトン、スプーン、フォーク』。
以上、六種。
また、戦闘補助用の栄養剤として、
『目玉焼き、おにく、にんじん、しいたけ、ブロッコリー、だいず、ピーマン、トマト、かぼちゃ』。
以上、九種が付属する。
もちろん、各アイテムごとの詳細な説明書付き。
『未就学児による自衛行動の必要性』が取り沙汰されたのは、2050年代の日本。その時代では、急激な治安悪化のため、全人類の武装必要性に迫られていた。
”殺人おままごとセット”は、そんな時代に生産された、児童向けの殺人兵器だ。
『一家にワンセット。”殺人おままごとセット”を!
子供向けであるため、その扱いはわかりやすく、単純です』
※通常の”おままごとセット”と混ぜないこと。不幸な事故が多発しています。
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「…………………………!」
取りだした武器の説明が聞こえたのでしょうか。
三人が、身構えます。
「――――」
私はというと、じっくり落ち着いた表情で、彼らの様子を見守って。
殺しの時間が始まりました。