その190 ”彼女”のやり方
一仕事、終えて。
「………………ふう」
理津子は、すぐそばで倒れている”獄卒”の元へ向かう。
「……起きて」
するとこの……背の高い偉丈夫は一瞬、泣きそうな表情を作った。
「おまえ。結構、強いんだな」
「うん。よく言われる」
「ひょっとして、”プレイヤー”より強いんじゃないのか?」
「…………それも、よく言われる」
これは、”終末”が起こった直後に、判明したこと。
多田理津子は、戦いの才能に恵まれている。自分でも少し、意外に思うほどに。
「……ほら。手」
「すまん」
”獄卒”は、残った片腕でその手を掴む。
「さっきの、上体そらし。……あれ、普段から訓練してるのか?」
「そんなとこ」
もともと体操が得意なこともあってか、アクロバティックな回避術には自信がある。
「大したものだ。……しかも貴様、余力を残していただろう? スキルに頼っている様子がなかった」
「…………………………」
「普段、どういう訓練をしている。一朝一夕で身につけた技術ではあるまい」
「別に。才能よ」
「才能。…………才能か」
「身も蓋もないな」とぼやきつつ、自身に《治癒魔法Ⅲ》を使う”獄卒”。
温かな緑色の輝きに包まれて、傷口が見る見る癒えていく。
とはいえこの魔法では、失った腕は生えてこない。あくまで応急処置のつもりだろう。炭化した皮膚がぼろりと地に落ち……鮮やかな肌色に再生していくのがわかった。
「…………それじゃ、銀助を救出する。手伝って」
「ああ」
二人、瓦礫の山へと向かう。
救出作業は、手慣れたものだ。
”終末”後、このような事態に出くわすのは、一度や二度ではなかったから。
作業は、一、二時間ほどで終わった。
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「うー……っ。ぺっぺっぺ。……ああくそ、格好悪ぃ……」
口元のマスクについた土埃を払いつつ、銀助は大きく嘆息する。
「すまん、二人とも。足、引っ張ったな。……レベル98とかイキってたくせに、面目ないぜ」
「二人とも」という言葉に、”獄卒”が一瞬、気まずい顔をする。
銀助は知らないが、実際のところ”獄卒”は、大して役に立っていない。
「……………………」
理津子は敢えて、その件に関して触れないことにした。
野郎二人のマウント合戦に巻き込まれたくなかったためだが……実際のところ、ほんの少しだけ、親切心。
自分にも、似た経験がある。
弱い自分を、不甲斐なく想った経験が。
「…………銀さんは十分、頑張ったよ。”彼女”も言ってたでしょ。”守護騎士”の任務は、ダメージを受けても生き残ることだって」
「そりゃまあ、そうかもしれんが」
彼の中では、もうちょっとヒロイックに活躍するつもりだったようだ。
「この分だと、ここに”仮面の女”がいるって情報はデマだったみたいだな。……しゃーない。二度手間だが、いったん『魔性乃家』に戻るしかないか」
「そうね」
この冒険で得た情報は、二つ。
ひとつ。”楼主”に、嘘の場所を教えられたこと。
ふたつ。”仮面の女”には、仲間がいること。
理津子はしばし考え込んだ後……”獄卒”に訊ねる。
「ところで。……アズサさんはなんで、精霊を使えたのかな」
「わからん」
「”楼主”は何か、特別な”奴隷使い”だったりするの?」
「それも、わからん。少し前に調べた感じでは、ごく普通の”奴隷使い”だったはず。レベルだって、私より低いくらい。……70前後だったはずだ」
「少し、前。……最新の情報ではないってこと?」
「ああ。”サンクチュアリ”の人間は知らないかもしれんが、無断で行う《スキル鑑定》は、マナー違反でな。それをするには、しっかりと手順を踏む必要があるのだ」
「無断でヤると、どうなるの?」
「敵対行為と見做される」
「…………そう」
”終末”後の人類には、この手の奇妙な風習が生まれつつある。
「何にせよ。それなら”楼主”が上級職になっていてもおかしくないってことか」
「…………そうね。――えっと。”奴隷使い”の上級職って……」
「”食人鬼”、”奴隷商人”、”解放者”だ。たしか」
「そうそう」
それぞれのジョブについて簡単に要約すると、
”食人鬼”
奴隷たちを文字通り”喰う”ことによって、その力を吸収するジョブ。
このジョブを取得した時点で、人間を「美味しそう」だと感じるようになる。
”奴隷商人”
ほぼほぼ”奴隷使い”の上位互換、といってよいジョブ。
”奴隷”に対して強い影響力を持ち、その自我を奪うことも可能。
”解放者”
善なる”奴隷使い”といった感じのジョブ。
”奴隷”は”解放奴隷”となり、全く別のスキル構成となる。
……という具合。
このうち、選択リスクの高すぎる”食人鬼”ではないと仮定して。
――考えられるのは、”奴隷商人”か”解放者”。
だが彼女、”解放奴隷”って感じじゃなかった。
となると考えられるのは、”奴隷商人”の使役下にいる可能性。
――そうなると、途端に”楼主”の立ち位置が怪しく思えてしまうな。
あるいはアズサさん、最初から『自我を奪われていた』状態なのかも。
「…………………………」
もちろんまだ、憶測にすぎない。
”サンクチュアリ”の者はまだ、”奴隷商人”となった”プレイヤー”と出会ったことがないためだ。
故に、”奴隷商人”の詳細な能力を知っているものもいない。
あるいは、てんで見当外れの推理をしている可能性も、十分にある。
「…………ねえ、二人とも」
「――ん」「なんだ?」
男二人が、振り向く。
「『魔性乃家』に戻ったら――まず、どうする?」
「そんなの、決まってる」
銀助が、ぷんすか怒りながら、拳を突き出した。
「とりあえず、ワンパン。事情を聞き出すのは、そのあとよ」
”獄卒”も、渋い表情で同意する。
「彼とは友人だが……――今回は、やむを得んな」
やっぱりか。
「…………それは、やめておこう」
「え? なんでだ?」
「まず…………ちゃんと事情を聞いてからがいい」
「だが――」
「”彼女”なら、きっとそうする」
すると銀助は、しばし押し黙ったのち、
「そうだな」
渋々、頷いた。
”サンクチュアリ”の人間はみな、この説得に弱い。
理津子たちがただ、”彼女”と呼ぶときは、とある少女のことを指している。
恐らくは――この世界で最強の”プレイヤー”。
”終わらせるもの”だ。