表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

190/300

その188 気楽な仕事

「――お前。”楼主”の手のものか?」


 ”獄卒”の口調は、淡々としている。


「………………………………」


 女は応えず……(いたず)らに露出面積の高い格好で、ゆらりと理津子たちの前に現れた。

 ほとんど下着みたいな格好だが……《皮膚強化》をとった人間にとって、服などというものは所詮、飾りに過ぎない。

 実際、目の前の襲撃者は、目のやり場に困るような服装でも構わず()るつもりらしい。


「一応、警告しておこう。貴様と我々では、覆しようのない戦力差がある。――商売道具が傷つく前に、降参するんだな」

「………………………………」


 返答、なし。

 無視……というよりは「何を言えば良いか分からないでいる」という感じ。

 現れたこの女、それほど場慣れしている訳ではなさそうだ。


 理津子は一瞬、隣の男に目配せして。


――”獄卒”のやつ……この女の人を殺してしまうつもりかな。


 ふと、心配になる。

 ”不死隊”の人間は、決して殺人に手を染めない。

 もしそうしてしまったら、”不死隊”として活動できなくなる決まりだ。


 これは、当然の判断といえる。

 無限の命と、限りある命。どちらを優先すべきかは明白だった。

 例えそれが、敵の命であれ……。


――その魂が悪に堕ちるなら……永遠の眠りを覚悟せよ。


 その覚悟があるものだけが、”不死隊”となる。

 多田理津子も当然、そのつもりだ。


「そんな、怖い目をするな」


 深刻な表情に気づいたのだろう。

 ”獄卒”が、皮肉っぽく笑って、答えた。


「私だって、無意味に人の命を奪うのは好きじゃない」

「……そう」


 敵前でする話ではないが……理津子にとっては、大切なことだ。


「だが――、友人に裏切られたのは……少しばかり、堪えた」


 そして男は向き直り、


「もう一度だけ聞くぞ。貴様、”楼主”の命令で待ち伏せていたのか?」


 するとようやく、女が口を開いた。


「ちがっ、――……ちがうわ。”楼主”様は――関係、ない。ぜんぜん」

「…………そうなのか?」

「わたしは……『魔性乃家』で、アズサって名前で働いてる女。……今日は……あなたたちが追ってる女の子のために……きたの」


 ”獄卒”の眉間に、くっきりと深い溝が生まれた。


「つまり――こういうことか? 貴様はいま、個人的な理由でここにいる」

「うん」

「信じられんな。普通の女が、爆発物を使えるとは思えん」


 ”爆発物”というのは、さっき閃光を放った何かのことだろう。


「……………………使えるから、使ったの。それだけ」

「正直に言え。貴様、”楼主”に命令されてきたんだろう?」

「いいえ。違う」


 アズサは、屹然とした目つきで、こちらを睨み付けている。


「わたし、あの娘の友達。……だから、ここにきた。それだけ」

「…………ちっ」


 男は舌打ちして、制帽を少し持ち上げ……短く刈り込んだ髪を撫でた。


「信用ならんな。身体に聞くしかなさそうだ」

「やってみなよ。こちとら、客とのプレイで慣れてる」

「………………」


 やはり、こうなるのか。


 嘆息しつつ、理津子は”獄卒”と距離を取る。


 ”戦士”の戦い方は、実にシンプルだ。

 突撃して、ぼこぼこにぶん殴る。猪武者のスタイル。

 きっと彼もそうだろう。


 そして”獄卒”は、懐から金棒――ならぬ、警棒を取り出す。

 アルミ合金製のそれは、伸縮式で、長さ1メートルほど。

 警棒と言うには、少し長すぎる形である。恐らく特注品だろう。


 戦闘準備を完了すると同時に、”獄卒”が軽く、地面を蹴った。


――早いな。


 理津子は、彼の動きを目で追いながら、そう思った。

 きっと、普段から喧嘩慣れしているのだろう。動きに迷いがない。


 警棒の先が地面に擦れて、ちりりと赤い火花が散る。


「――――ッ!」


 目にも止まらない速さで、横薙ぎ一閃。勝負あり。

 ……そのはずだった。

 だが結論から言うと、そうはならなかった。


 ピカッ、ピカッと、先ほども見た光。


「…………あ」


 瞬間、理津子は、なんとなく今後の流れを予測した。


――彼の負けだ。


 強烈な光の奔流と、耳をつんざく衝撃音。


「が、あッ!?」


 ”獄卒”の特製警棒が宙空をくるくると舞い、理津子の足下に転がる。

 警官のコスプレをした男が、壁際まで吹き飛ばされた。――利き腕の、肘から先が吹き飛んでいる。


「…………いッ……! 今のは……!?」


 とはいえ気丈にも彼、まだ意識はあるらしい。

 芋虫のように地を這いながら、必死の形相で敵と距離を取っている。


 対する”アズサ”とやらは、ほとんど半泣きで、


「や………………やった! ウィルちゃん!」


 すると奇妙なものが、彼女のすぐそばに浮かび上がった。

 蒼白い焔と――その中に浮かぶ、ぎょろりとした二つの眼球。


――なに、あれ……?


 眉をひそめて、その様子を伺う。

 するとその焔は、溶けるように空気中へ消えてしまった。


 訳が、わからない。

 敵は、ごく普通の”奴隷”じゃなかったのか?


 一応、ああいうシロモノの存在は、聞いたことがある。

 ”精霊使い”と呼ばれるプレイヤーが使役すると言われる……”精霊”の類だ。


――マズいな、これ。


 眉をしかめる。

 どうやらこの仕事……一筋縄ではいかなそうだ。


 アズサは金切り声を上げながら、こう叫ぶ。


「……ここから立ち去りなさいッ! それなら……もう、攻撃、しない!」

「………………………………」


 理津子は、応えない。

 無言のまま、足下に転がっていた警棒を拾い上げる。


「はやくっ。仲間のところに帰れっ」

「………………………………」


 内心、ほっと胸をなで下ろしている自分がいた。


――この、仕事は……。どうやら、交渉の余地がなさそうね。


 で、あれば。

 思うまま、暴力を振るって良いということで。


 気楽な仕事だ。

 少なくとも、コミュニケーション能力を試される仕事よりは、よっぽど――自分の性に合っている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ