その186 死亡フラグ
現れた”プレイヤー”の第一印象は……はっきりいって、良くはなかった。
その一方で、奇妙な親近感を感じてもいる。
大通りで見かけた娼妓とは、大違いだ。
絶対的な自信と、潜ってきた修羅場の経験が物語る、決してハリボテではない強さ。
――こいつ、どれくらいヤるんだろ。
”獄卒”は、理津子の視線を避けるように、帽子を深く被る。
「事情はすでに、『魔性乃家』の連中から聞いている」
「……ん? 先に”楼主”と話したのか?」
「ああ」
”獄卒”が肯き――夜久銀助が、不服そうに唸った。
「おいおい、いきなり独断専行って」
「時間を無駄にしないためだ」
「…………。あんたさぁ」
ぴりりと、場に緊張感が走る。
現状、”サンクチュアリ”と”ランダム・エフェクト”は対立関係にあった。
理津子は正直――あの髑髏仮面の少女は、すでに消されていると睨んでいる。
「……それじゃ、ダメ。私たちもちゃんと調べる必要がある」
「それならそれで、構わない。だが、後にしてくれ。――今は、犯人の居場所へ向かいたい」
「犯人の、居場所……?」
「ああ。例の、仮面の女の位置がわかった」
「えっ」
まさか、そんな。あっさりと。
というか、それ以前に……。
「彼女、生きてるの?」
「無論だ」
それは少し、想定外。
この手の勘働きも、理津子の苦手とするところだ。
「まず、女を見つけて、事情を吐かせる。動機は恐らく、痴情・怨恨。単純な事件だ」
「………………」
「全てが詳らかになれば、それでこの一件は終い。戦争も起きない。……だろう?」
確かに、それはそう。
けれどそう簡単に、ことが運ぶだろうか?
「こちらとしても、無闇にことを荒立てるのは避けたい。……”終わらせるもの”は、鬼のように強いと聞くからな」
「”鬼のよう”、どころじゃない。”彼女”は、鬼よりも遙かにつよい」
「………………ほう」
しばし”獄卒”は、渋い表情を作った。
「個人的には……一本、お手合わせ願いたいところだが……」
そう言って、再び踵をカツンと鳴らす。
「まあ――私にも、仲間がいるからな。責務は果たさなければならない」
そしてこちらに背を向け、カツカツと通りへと向かって行った。
「お、おい……っ。まてよ」
「時間がない。急ぐぞ」
話が、早い。
理津子と銀助は、慌ててその背中を追いかける。
「例の女――恐らく、かなりの危険人物だ。一刻も早く対処せねばならない」
「……………………。そうなの?」
「ああ。……殺されたリクは……決して強い”プレイヤー”ではなかったが、防御系のスキルはしっかり手に入れていた。……そう簡単に死ぬとは、信じられん」
その声色は、低い。
怒りを押し殺している感じだ。
――嘘を吐いている様子はない。
そう思う。
この男、嘘が得意なタイプには見えなかった。
「…………もし。敵が想定より強かった場合は……盾にして。私、死んでも生き返れるから」
すると”獄卒”は、苦虫を噛みつぶしたような表情で、言った。
「噂に聞く、不死のティーンエイジャーか。……本当に、死なないのか?」
「うん」
「とてもではないが……信じられんな」
”獄卒”は、大地に視線を落として……深く嘆息する。
「だが…………」
「――?」
「私は、――女子供を盾にして逃げる、などとみっともない真似はしない。貴様も決して、自ら死のうなどと思うな」
理津子が、少し押し黙る。
――妙なやつ。
正義の人、ではない。
だが、性根の曲がったやつでもない。
そんな風に思えた。
▼
三人、肩を並べて都心を南下していく。
辺りは、延々と並木道が続いていた。
車に乗れば、一瞬で通り過ぎる道のりだが……いまは、徒歩。
ほとんどゾンビが刈り尽くされた現代において、車の通行を阻むものは少ない。だがその分、余計なトラブルに巻き込まれやすかった。
今回は、安全策を採っている。
「ところで……一つ、いいか?」
ふと口を開いたのは、覆面の男……夜久銀助だ。
「例の、”仮面の女”の居場所……どうやって情報を得た?」
「難しくはない。『魔性乃家』の”楼主”と、少し話した。それだけだ」
「それだけ?」
銀助はすこし、意外そうに唸る。
もともと”楼主”は、”仮面の女”について、知らぬ存ぜぬで通してきたはず。
「まさかとは思うが……拷問で無理矢理聞き出したり、とかは……」
「いや。もともと、ヤツと私は、知り合いでね。そのツテだ」
「ほんとか? それ」
「……ああ。”楼主”と私は、友達なんだ。独断で聞き込みをしたのも、一人の方が話を聞き出しやすいと思ったからでね」
「…………へえ」
肩をすくめる銀助。
どうやら、彼は信じたらしい。
「”仮面の女”は、都内のセーフルームに潜伏している。今は多分、移動したばかりで油断しているはずだ」
”楼主”に手渡された地図を頼りに、銀座の街を進んでいく。
ちょっぴり地図を覗き込むと……赤丸で、とある百貨店の位置が印されていた。
「そこに、”仮面の女”が?」
「ああ」
”獄卒”は、深くため息を吐きながら。
「さっさと済ませて、帰ろう。たぶん、夕食には間に合うだろう」
理津子はふと、こう思う。
――いまのなんだか、死亡フラグっぽい。
と。
メタっぽい考え。
意味のある思考ではない。
”彼女”の癖が、うつっちゃったかな。