その183 新生活と金策作業
そうして私の、新生活が始まったのです。
”楼主”さんが用意してくれた新しいお部屋は……従業員用の休憩室を改装した、とても簡素な空間でした。
水も食料も、「とりあえず生きていく」ために必要な分だけ。
寝る場所も、床に直置きされたマットレスがあるだけ。
キングサイズのベッドで、大の字になって眠る癖が染みついた私には、ちょっとばかり物足りない感じ。
まあ、生活のランクダウンはやむを得ないこと。覚悟の上です。
そんじゃ、とりあえず……。
「テラリウム・起動」
事務机の上に、私だけの小さな世界――ガラス容器を出現させます。
すると、その中にいる小さなアクマ……ゴーキちゃんが、嬉しそうに話しかけてきました。
『んで? まず、どう動く? 言っとくけどあたし、仕事したくってうずうずしてるんだよ』
「そうですわねぇ」
正直言うと私、彼女を雑用をさせるつもりはなかったり。
”アクマ”である彼女には、参謀役になってほしい。
「それじゃあそろそろ、新しい配下を作るとしましょうか」
『……ん。ついに仲間を増やすのか』
「ええ」
そうして私、スマートフォンを取り出します。
ネットに接続していないその端末を、私はいま、単なるメモ帳代わりに使っていました。そこには、私の知りうる『J,K,Project』の有りと有らゆる攻略情報が記載されています。
私、その中の『モンスター育成.txt』と書かれたファイルをタップ。
『ここに書かれている内容を実行する前に、
①アクマ族の作成に成功。
②人目に付かない場所に移動済。
これら二つの条件を満たしておくこと!』
という前置きをスルーして、その内容をチェックします。
▼
・新たなモンスターを作成するためには、二種類の方法がある。
一つ、二匹のモンスターを交配させて、タマゴを産んでもらう。
二つ、ゲーム内コンテンツ”タマゴ・ショップ”にてタマゴを手に入れる。
・この、”タマゴを産ませる”方法はかなり上級のテクニックであるため、基本的には二番目の”タマゴを購入する”方法でゲームを進行させること。
・ショップで手に入れられるタマゴには、四種類のものが存在する。
①スライム・タマゴ:初期スライムが生まれる。無料でもらえる。
②ゲンソウ・タマゴ:幻想的なデザインのモンスターが生まれる。比較的安価。
③カガク・タマゴ:機械的なデザインのモンスターが生まれる。標準的な価格。
④ニンゲン・タマゴ:歴史上の人物を模したモンスターが生まれる。最も高価。
・そうして手に淹れたタマゴを、”孵化器”に配置する。
その後、一定時間が経過することにより、新たなモンスターが生み出される。
▼
とまー、そんな感じでして。
『一応、ゲーム内通貨に余裕があるわけじゃないんだよな?』
「ええ。あなたのうんち、いまも欠かさず回収してはいるんですけど」
細々とした出費があるんですのよね。
『……それを言うなよ、恥ずいだろ』
「恥ずかしがる必要、ありませんよ。うんちって言っても、そこまで汚らしいデザインじゃありませんし」
『…………………………。何にせよ、金策をする必要はあるってことだ。――通常こういうのは、人海戦術でやるのが一番だけど……』
「もちろん、そのような手段はやりません。――配下を増やしすぎると、裏切りの可能性も増えていきますので」
『そうだな。そのリスクがある』
「なので今回は、コイン回収効率のよい”ゴールデン・ドラゴン”を作成します」
『…………。そうだな。たぶん、それがいい』
そしてゴーキちゃん、こめかみの辺りをとんとんして、
『となると、大量のゲンソウ・タマゴを買う必要がある。……それができるくらいのコインはあるの?』
「もちろんです」
ぶっちゃけここまで、私が想定していた通りのムーブですので。
『なるほど。あんた、準備がいいな。参謀役なんて必要ないくらいだ』
「そういう訳にはいきません。私みたいなのには、あなたみたいな子が必要なんです」
『……………………そっか』
そうして私は、
「ええと。――とりあえず、ゲンソウ・タマゴを、三つ購入します」
と、宣言します。
すると、テラリウムの中に、米粒ほどの大きさの可愛いタマゴが三つ、ぽこんぽこんぽこん、と産み出されていきました。
『よっしゃ。そんじゃあこいつらを孵化器にいれるけど……ええと。”ゴールデン・ドラゴン”が産まれる条件って、どんなだっけ?』
「特にありません。完全なランダムです」
たしか確率は……5%。
孵化器に入れた”ゲンソウ・タマゴ”の中から、5%の確率で金ぴかのドラゴンが産まれるはず。
「事前に見分ける方法は、ないのか?」
「――あります。孵化直前にタマゴが金色に輝くので、どれが”ゴールデン・ドラゴン”かどうか、わかるようになっているんです」
『ほうほう』
「ちなみに今回は、”ゴールデン・ドラゴン”以外の個体はまったく必要ないので、もしタマゴが金色に輝かなかった場合――ゴーキちゃん。食べちゃってください」
『……食べッ…………。孵化直前のタマゴを?』
「ええ。そうすることで、次にうんちを回収するとき、タマゴで消費した分のコインを回収することができますので」
『…………そ、そっか…………』
「お嫌ですか?」
私、目を丸くします。
ゲームのキャラクターだったころの”アクマ”は決して、そんなことを言い出さなかったもので。
『…………いやぁ、その。ちょっとした、トラウマが……』
「とらうま?」
『ねえ、マスター。あんた、バロットって料理、知ってる?』
「? なんです、それ」
『フィリピンの名物料理でさ。孵化直前のタマゴを茹でたものだ。まだ生育途中の肉とか……できたてのクチバシとか……骨なんかが含まれてる』
「…………ふむ」
と、ちょっぴり想像してみて。
「――ヴォエ!」
『あたし生前、食ったことあるんだよね……。それをちょっと、思い出しちまって』
……………………。
「……ちょっとこの作戦……再考しましょっか」
『ああ。そうしてくれると、助かる』
何ごとも、想定していた通りには進まないものですわねー。