その182 用心棒
その後の行動は、スピード優先。速攻で私、拠点へ戻って。
「それじゃ、行きますわよ、マオちゃん」
トイプー(二歳、♀)が、嬉しそうに私の後を付いてきます。
”終末”の散歩はきほん、ノーリードでOK。
今どき、車を走らせている人なんていませんしね。
『「散歩? 散歩なの? うおおおテンション上がってきたー!」……っつってる。たぶん』
ゴーキちゃんのアテレコを聞きながら、私は部屋を出ました。
毛の長い絨毯が敷き詰められた廊下を、ふかふかふかふかと歩き続けて、フロントへ。
「お嬢様」
すると、例の用心棒が起立していました。
「しばらく、部屋を空けると聞きました。――いつごろ、戻られますか?」
「わかりません。けっこー時々、戻ってくるかも」
「……ふむ。セキュリティは、鍵をかけるだけで足りますかね?」
「大丈夫です」
あの部屋には、なんの証拠も残していませんから。
「あなたは、これからどうしますの?」
「ずっとここで、貴女をお待ちしていますよ」
「でも……」
私が去ればここ、通電しなくなっちゃうんですのよね。
「ご安心くだされ。普段から、なるべく電気を使わないように暮らしてます」
そうなんだ。
知らなかった、そんなの。
「ってことは、ずっと非常階段で上り下りしてたってこと?」
「はい。――あれを使うと、お嬢様の魔力を使ってしまうのでしょう?」
別にそれくらい、ぜんぜん構わなかったのに。
不器用な人、だったんだなぁ。
「むしろ、ほどよい運動になって、良かったんです。――”プレイヤー”様と違って、私らみたいな普通人には、日々の鍛錬が必要なのですよ」
「……………………」
そういうスタンス、私も見習わなければいけないかもしれませんわね。
……私、根っからの運動音痴ですから。
「では。ご達者で」
「はい」
「例の、腹話術芸。――いずれ機会があったら、見せて下さいよ」
「………………はい」
そうして私、わんこと引き連れ、エレベーターへと向かいます。
地味にあの方、一年半以上の付き合いなんですのよねぇ。
ちょっとだけ、しんみり。
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そうして私、わんこを伴いながら、”楼主”さんの縄張りを出ます。
『「うおおおお! 初めての土地! 楽しいお散歩! あちこちおしっこしまくろーっと!」……っつってる。たぶん』
マオちゃんったら、この辺りを歩くのは初めてなので、かなりのハイテンション。
冒険の予感に、私もちょっぴりどきどきして、都心を南下していきます。
私の選んだ、次の拠点があるのは……銀座。
そのデパートの中にある従業員室が、隠れたセーフルームになっている、とのこと。
「~~~~~~♪ ~~~~~~~~~~♪」
鼻歌交じりに、道を歩いていると……。
『ヴォォオオオオオオオオオオオオ……オ、オ、オ、オ…………』
マロニエ通りの洒落た街並みに、”ゾンビ”が一匹、ふらふらと歩いているのが見えました。
おやおや、珍しい。
この辺りの”ゾンビ”って、ほとんど”プレイヤー”に駆逐されたものと思い込んでましたので。
「わんわん! わん!」
『「こいつなんか、すごい変なにおいー!」……っつってる。たぶん』
さっそく反応したマオちゃんが、楽しげにそいつの臭いを嗅ぎます。
そのゾンビさん、なかなか見栄えの良いイケメン。
今どきのゾンビって、どいつもこいつもすっかり古くなってて、穢らわしい感じになってることが多いのですが……こいつは珍しく、綺麗な姿をしていました。
『ヴォォ………………? オ、オ……』
彼、なんだかユーモラスな動きでマオちゃんをじろじろ見て……すぐに興味を失います。”ゾンビ”って、動物を襲わない性質がありますからね。
『ア…………ア…………ッ』
もちろん、”魔王”である私に対しても、無関心。
「ふむ」
私、しばらく彼を眺め……一計を案じます。
そしてリュックから、わんこ用のリードを取りだして。
それを、彼の首に巻いて、引っ張ります。
「ここで会うのも、何かの縁。あなた、私を手伝ってください」
『ウ…………アッ、アッ…………』
うんうん。
心なしか彼も、喜んでいるみたい。
だってそうでしょ? きっとこのまま歩いていたら、恐ろしい”プレイヤー”に首を刎ねられて死ぬだけなんですから。
「私、夢星最歩と申す者。――よろしくお願いしますね」
『ウ…………ッ……アアアア…………』
そうして私たち、一人と二匹でお散歩しつつ、地図で示された場所へ向かいました。
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地図に従って、従業員用の入り口に回って鍵を開け、荒れ果てた化粧品売り場を進んでいきます。
『ウガッ……ガアア…………ガガガ……』
私ここで、捕まえておいた彼を離します。
――”ゾンビ”の用心棒。
我ながら、ちょっとした妙案でした。
彼さえいれば、ちょっとした足止めくらいにはなるでしょう。
ゾンビなら、餌やりをする必要もないし……高コスパの従業員って感じ。
「ところで、ゴーキちゃん」
『?』
「今の貴方って、人肉とか食べたくなるんですか?」
『あ…………人肉かぁ』
ゴーキちゃん、ちょっぴり唇を尖らせて、
『マスターが、どうしても食えっていうなら食うけど……あんまり食指は伸びないなぁ。――いまのあたしって、人間だったころの記憶があるからさ』
「はあはあ。なるほど」
人間らしい食事が好み、と。
知性が高いってことは、想像力があるということ。やっぱりそーいう食事は、素直に楽しめないようですね。
人肉とかゾンビ肉って今や、一番手軽に穫れる食糧なのですが……。
「了解しました。では、人を殺して食べさせるやり方は、しばらく忘れましょう」
『ん。ありがと』
さて。
私個人のご飯とは別に……”テラリウム”で育てているモンスターたちの食糧を見つけてこないと。
忙しくなってきたぞぉ。