その181 私のお気に入り
「それで。――こっち側から一つ、提案がある」
”楼主”さんは、少し視線を床に落として、こう呟きました。
「替え玉を、用意するんだ」
「えっ」
「別に、難しい話じゃあない。あんた、殺しをした日……妙な……髑髏の仮面をつけていたんだろう?」
ああ。
”白昼夢の面”のことですわね。
「なら、顔は見られてないはず。替え玉の用意は難しくない。……あんたのその衣装を一着、譲ってもらえる? あたしが責任を持って、連中に引き渡すよ」
「いえ」
私、首を横に振ります。
「それは、止めておきましょう」
「……そう? でも今どき替え玉なんて、その辺のゾンビを捕まえてくりゃ、いくらでも……」
「別に、替え玉の心配をしているのではなく、――全てが公になった時の、”楼主”さんの立場を心配しているのです」
「え?」
替え玉を用意するということは、私の味方であるという立場を明確にする、ということ。それは、ごく普通の”プレイヤー”にとって、とても危険な選択肢です。
以前もすこし、語りましたが……私、彼のこと、嫌いじゃありません。
不幸になってほしい訳じゃないのですよ。
「……それに。敵は何もかも承知で、あなたの出方を伺っているのかもしれません」
「どういうことだい?」
「確かに私、顔を見られた訳じゃありません。けれど、相手は”プレイヤー”ですよ? いくらでも、その正体を看破する方法があるはずです」
「……それは、確かにね」
「あなたが、私を気に入っていただいているのと同じように、私もあなたを、そこそこ気に入っています。なので、下手を打って傷ついてほしくない」
「………………」
「と、言うわけで私、いったんこの土地を去りますわ。――そして、ここの近くの、誰にも迷惑にならない場所で、追っ手を待ち受けることとします」
「しかし、それだと――」
反論しかける”楼主”さんに、私はにっこり笑いました。
「大丈夫。”どくけし”の供給は、今後も続けます。秘密の隠し場所を作りましょう」
すると彼、深く嘆息して、
「最後まで話を聞きな。ぶっちゃけあたしは、あんたとの利害関係なんて、どうだっていいんだ」
「――へ?」
「あたしはね。何でもいいから、あんたの世話を焼きたいんだよ。……それって言うほど、不自然な感情かい?」
あー……なるほど。
そういうことか。
「それなら、一つだけ」
「――?」
「もし、私が死んでしまったら、飼ってるトイプードルの世話をお願いします」
そのつもりは、ないけどね。
「……それだけ? 他に何か、欲しいものとか……」
「それなら、アズサさんを”奴隷化”してあげてください。もちろん、本人が望んだ場合に限られますけど」
「アズサ。……さっき見た、あんたの友達かい?」
「はい」
思ってもみなかった提案に、”楼主”さんが腕を組みます。
「――わかった。なんとかしてみよう」
「よろしくお願いします」
「それと、次の隠れ家だが。どこか当てはあるのかい?」
「特には」
今どき都内は、空き家だらけ。
どこでだって暮らせるはずだと思いますけど。
「なら、こっちでいくつか、良さげな建物をピックアップしておく。……もしもの時のために作っておいた、セーフルームがあるんだ。食料や武器なんかを隠してある」
「えっ。……いいんですか?」
「構わない」
そうして”楼主”さん、三枚の地図と鍵束を取りだし、それを私に押しつけます。
「どれでも、気に入ったところを好きに使ってくれ」
わっ。なんだか、嬉しい誤算。
拠点を変えるにしても、食糧の確保、どうしようかなって思ってたんですの。
「ありがとうございます」
ぺこりと、頭を下げて。
「構わない」
そうして彼と、一時のお別れになりました。
「それと――アズサさんに、言っておいてください。『また、必ず帰ってくる』と」
「………………ああ」
そして私、部屋を出ようとして。
「最後に、もう一度だけ聞いて良いかい?」
「なんです?」
「なんで、殺した?」
「……………………」
「この仕事をしてると、こういうことが時々、ある。殺人の動機のほとんどは、痴情・怨恨。男女関係のもつれが原因だ」
「…………ふむ」
「けど、あんたはそんな風には見えない。……衝動的な殺しをするタイプには見えない」
「それは……」
まあ、そうかも。
私、他人に対して、強い期待を抱かないタイプなので。
その分、誰かを憎んだりもしないんですのよねー。
「そうかも知れません、けど。ちょっといろいろ、ありまして」
「例の――”世界征服”の案件かい?」
「………………」
この方、500日以上前に言った言葉、ちゃんと覚えてらしたのね。
「まあ、そんなところですわ」
「そっか。……それじゃああんた、こういうことだ」
「……………………」
「まだ、夢を諦めていない。あたしはてっきり、もうとっくに、現在の生活に納得しちまってるもんだと思ってた」
嘆息混じりに、頷きます。
「私、”世界征服”を諦める時は、死ぬ時だけだと決めているのです」
「……ふむ」
”楼主”さん、目を細めて笑います。
それは、まるで、青春時代の自分を思い返すような眩しい目つきで……。
「不毛なことにも、命を賭けられる。――それでこそ、若さだ」
どうもこの人、私の夢も含めて、応援してくれてるっぽい。
そーなってくるとどうにか、期待に応えたいところ、ですわね。
私の望む、未来。
彼が気に入るかどうかは、わかりませんけれども。