その161 切符
そんな”終わらせるもの”との別れは、突然だった。
魔女”アリス”のオファー。
例の、太っちょ”飢人”の撃退。
それが、きっかけだ。
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「ロボ子ちゃんって、アリスちゃんと仲良かったりするの?」
「仲が良い? まさか」
「…………それ、ほんとぉ?」
「ええ。私はいつも、彼女の尻拭いをさせられているのですよ」
……。
…………。
……………………。
「ねえ、美空ちゃん」
「え?」
「一つだけ、お願いしてもいいでしょうか? 私たぶん、このあと”魔力切れ”になっちゃうと思うんです。そうなった私を、救い出してくれるって」
「そんなの、当たり前じゃない。友達でしょ」
「……そうですか。どうもありがとう」
……。
…………。
……………………。
「――《必殺剣Ⅹ》」
▼
”終わらせるもの”に身体を預けつつ、雪美はこう思っていた。
もうずっと、このままがいい。
自分の身体が、誰かのために役に立つのなら。
それで自分の人生は、オールオーケー。
自分はそうして、この世の中を渡り歩いていく。
もとより、一人では生きていけない命だ。
だから……それでいいんだ。
そう、思い込んでいた。
だがその思いは、あっさりと裏切られた。
――ごめんなさい! 雪美さん。
――私があなたを手伝えるのは、ここまでみたい、です。
え。
そんな。
突然ハシゴを外されたみたいで、困惑する。
「……アリスの、せいですか? アリスに、力を貸したから……それで、無理して……」
――それも、あります。
――もとより、過去への干渉には、制限時間がありましたから……。
――でも本当はもうちょっと、ご一緒できたはず。
――それが……前回の戦いで、かなり短くなってしまった。
だったら。
だったら全部、あの”魔女”のせいじゃないか。
フェアじゃない。
自分は、もっともっと、貴女といたかったのに……!
――大丈夫。大丈夫です。
”終わらせるもの”は、そう言った。
まるであの、優しい猫型ロボットのように。
――あなたとご一緒していたのは、ほんの短い期間でしたが……。
――あなたはもう、とても大切なものを手に入れているんですよ。
――あなたの、心です。
――………………………ふむ。
――いまの台詞、『カリオストロの城』に引っ張られた気がする。
――………………………。
――ま、まあ! とにかく!
――大丈夫なものは、大丈夫なんです!
――あなたにはもう、互いの人生を分かち合う、大切な友達がいますから。
――それってきっと、人間にとって、一番幸福なことだと思います。
――だから……がんばって。
でも。
でも。
もはやどうしようもないことは、分かっていた。
――忘れないでくださいね。
――最初のころ、私と約束したこと。
――舞浜にある、”魂修復機”の件。
――あれは決して、壊しちゃあいけないものだから……。
それきり、”終わらせるもの”との交信は途絶えた。
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『………………………ぐぬぬぬ』
そうしていま、雪美はクレーマーになっている。
諸悪の根源……”魔女”アリスの前で。
「アリス。――あなたは確かに、約束しましたね? 私を、”ゲームキャラクター”にする、と」
『そりゃ……そーじゃけど』
「戻してください」
『えっ。……いや。そんな。壊れた玩具じゃあるまいし、直すわけには……』
「はやく。一刻もはやく」
『いやいや。それはもう、さすがに……向こうとのリンクも途切れとるんで』
「リンク、とは?」
『えーっと。……そもそも、おぬしの能力って、未来から連絡が来て、初めて成り立つやつじゃったんよ』
「……?」
『まず、”向こう側”からの干渉が来てな? そんで儂が、ほどよい適合者を選ぶわけ。んで、お主がそれにぴったりな人材だったから、たまたま二人をリンクさせた訳なんじゃけども……』
白髪の少女は、唇を尖らせながら、もじもじしている。
『やっぱほら、過去改変って、めちゃくちゃコスパ悪いのな。その結果、訳の分からんあの、デブ”飢人”みたいなバグも生まれちゃって……』
「…………」
『えーーーーっと。つまり。結論から言うと、もう無理なわけ。……おぬしたちは今まで、非通知の電話番号で繋がっていた。でも、その番号が切れちゃったから、かけ直すことはできない……ってかんじ』
わかりにくい。
”魔女”の力はそれこそ、「なんでもあり」だと思ってた。
けど、どうやら違うらしい。
『で……でも! ほら、お主の《剣闘士》としての力は、丸ごと残ってるし……いまもまだ、ちゃんと戦えるし……むしろ、普通の”プレイヤー”よりは結構、強いはずじゃし……』
「大切なのは、”力”じゃないんです。”彼女”がもたらす、”情報”だったんです。私はいま、それを丸ごと失ってしまった。とてもではないですが、納得できません」
『……あ、ああ……そういうこと?』
そこでアリスは、ぽんと手を打つ。
『それなら、ちょっと時間はかかるが、”終わらせるもの”と直接、会えば良いんじゃないか?』
「えっ?」
『といっても、現時点での”終わらせるもの”ではない。今のあいつと会っても、お主が知っている”終わらせるもの”じゃないからな』
「……? どういうことです?」
『それほど、難しい手順はいらん。奴も結局、この時間軸に統合されるからの』
そしてアリスは、とある日付と場所について、さっとメモを取る。
『この時間、この場所に行きなさい。たぶん、やつと会えるはずだ。……たぶん。――まあ、ちょっとだけ別人の可能性もあるが、たぶんだいじょうぶ。たぶん』
「本当、ですか」
「うん」
……いま、一つの台詞内に『たぶん』という言葉が四回も出てきたけど……。
それでも……これは――。
――”彼女”と会うための、切符だ。
メモを受け取りながら……雪美は内心、ガッツポーズ。
――とりあえずゴネたら、いいものもらえた。
このやり方を教えてくれた奏に、感謝だ。
「言っておきますが、この程度で借りを返したとは思わないことです」
『うーっ』
半泣きの、アリス。
『やっぱわし、クレームつけられるの、苦手……』
そうして雪美は、”シスターズ”の元へ帰っていった。
▼
――え。なんですって?
――美空の頭が、爆発しそう?
――そりゃまた、なんでです。
――………………はあ。
――……恋を、したせい?
――ふむふむ。なるほど。
――”アリス”とした、約束が。
――ふむ。
――大丈夫。心配しないで。
――ぜんぜん問題ありません。
――時代はもう、所沢ではない。
――舞浜にあります。
――知っていますか? あそこに、十代の少女を集めた国が作られるそうなんです。
――その名は、アビエニア。
――ヴィヴィアン・ガールズの住む国で……。