その159 楽観主義者に平穏を
「…………………………………………………」
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『……………………………………………(^o^)』
三人と一体。
飛び出していった美空さんを、ぼんやり眺めて。
「え――――っと。これ、どういうやつ?」
「……さあ」
奏さんですら、その突飛な行動には驚いている。
僕たちの視線は、自然と……ほんの一瞬前まで一緒だった、神園優希へと向いた。
優希は、しばらくぼんやりとして、鼻を掻く。
「……コーヒーの銘柄が、気に入らなかったのかな?」
もし、彼女が美空さんを怒らせたのであれば、らしくないミスだ。
多くの人は、逆だ。むしろ、優希を怒らせないように注意する。優希に好かれるよう、努力する。
「そんな、泣きそうな顔をするな。……美空さんはもう、敵じゃない」
そう、教えてやる。
すると、後輩の顔にもようやく、希望の光が差した。
「えっ。ってことは……えっ」
たぶんこいつ、そうなることを目的にしていたな。
「休戦……というか。協調、というか。とにかく彼女たちとは、同盟を結ぶことになった」
「おっ。マジですか!」
「うん。マジ」
理由はシンプル。利害の一致。
僕たちを争わせたい第三者が存在するなら、その思惑に乗っかるわけには行かない。
とはいえ、がっつり肩を組んでの協力関係ではない。
ただ、決まった日付、決まった時間に時折、情報交換を行う。お互いのためになりそうな情報は、進んで共有する。もし、手伝えるようなことがあったら、可能な限り手伝う。
そういう紳士協定だ。
「そっかあ……良かった」
心底嬉しそうに、優希が微笑む。
「ふん」
奏さんは、実につまらなそうな表情でそっぽを向いた。
「でもね……一つだけ言っておく」
「ん?」
「あちしの最終目的は……。男をみんな、殺しちまうこと。だからあんたも、最終的には、殺す。あんたの弟も、友達も、ちんちんついてるやつは、みんな殺す。そのつもりだから。よろしく」
「うん。そうだな」
僕は、気軽に頷いた。
「もし、男を皆殺しにするスイッチを手に入れた時は、なるべく早めに言ってくれ。去勢手術をするから」
「ん。そうする」
彼女も、気軽に頷く。
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「ああ……それと。奏さんに一つ、アドバイスを」
「ん?」
「”冒険者ランキング”に、自分たちの名前が載ってない件。それほど気にする必要はないと思うよ」
「なんでそう、言い切れるんでし?」
「これは、ゲーム制作の理論的な話なんだが……一般的に、RPGのレベルアップはね、強さのインフレーションを防ぐように作られているのが普通なんだ。……だから、最終的なレベルによる戦闘力差って言うのは、それほど決定的なものにはならないと思う」
「………………そう、かな。ちょっと、楽観的すぎる気がするけど」
「楽観的。それで結構じゃないか。悲観主義者は、全てのチャンスの中に困難を見つけるが、楽観主義者は、全ての困難の中に、チャンスを見いだすものさ」
「……………………ん」
こうして僕の人生に、しばしの平穏が訪れることになった。
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とはいえ、この世の多くの出来事と同様に、完全なものなどは存在しない。
僕に訪れた”平穏”もまた、完全ではなかった。
その後の状況を、簡単に説明しよう。
まず、第一点。
六車涼音と、秋月亜紀は、いつの間にか姿を消していたらしい。
理由はもちろん、わからない。
ただ、……このタイミング。
何か裏があると思うのが普通だろう。
二人の行方は、僕たち全員で、捜索する決まりができた。
そして、もう一点。
まず”シスターズ”だが、彼女たちは結局、所沢を去ることになった。
理由は、教えてもらってない。
ただただ、「一身上の都合」だという。
とはいえ、協定はいまもしっかり、続いてる。
毎週月曜日と金曜日の六時。
ツバキを通して、情報共有をすることになっている。
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その後、僕たちは、――とあるプロジェクトに着手することになった。
航空公園、駅前のコミュニティの拡張である。
具体的に言うと、いまはゾンビで溢れている、近場の公園を制圧し、巨大な生活拠点として利用しよう、という案である。
これから先、僕たちは、長い目でこのゾンビ世界を生きていかなければならない。
となると長期的には、食糧を生産する必要もある。
早くて、一年。遅くても数年。
僕たちは、今のうちにノウハウを蓄え、生活を安定させなくてはならない。
かねてより計画されていたそのプロジェクトは、優希が中心となって行った。
僕はあくまで、影ながらサポートする役目。
その時にした僕たちの”仕事”に関しては、特に語るべきコトはない。
作業自体は、大したトラブルにも見舞われず、迅速に行われた。
すでに、グループの人々との協力関係を築いていたことにも、ずいぶんと助けられた。
ゾンビを一掃し、金網を補強し、出入り口にバリケードを作る。
移転にかかったのは、四、五時間程度だったと思う。
娯楽の少ない時代である。
神園優希が、みんなの”救世主”に祭り上げられるのも、無理のないことだった。
ゾンビに怯える避難民には、心の拠り所が必要だったのである。
幸い僕の後輩は、そういうポジションにはピッタリだった。
「あー。ちくしょー。おれだって活躍したかったのに……!」
と、亮平。
とはいえ、常人には常人なりの仕事がある。
彼はたぶん、そういう風にしていた方が、幸せな気がする。
あいついま、女子大生三人組と、いい感じに仲良くなっているらしい。
……なんでも、カマキリの怪獣と戦っている間、必死にみんなを励ましていたのが、良い結果に結びついたようだ。
強い力を持つ、ということが、常に良い結果をもたらすとは限らない。
僕は弟が、幸せに生きていくことを、心の底から願っている。
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そうして、少し経った後。
”彼女”が現れた。