その158 オリジン
それが起こったのは……すごくすごく、単純なきっかけだった。
あるいはずっと、起こり続けていたことなのかも知れないけれど。
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話題は、少し変わって。
広い食堂に、二人分の笑い声が響いていた。
「最初の一回目が、辛いんだよな」
なんて、優希さんが話してる。
話題は、”プレイヤー”としての力を得たときのこと。
「要するに、”レベル0”の人間が”レベル1”になるための、経験値が必要ってことなんだと思う」
最初の”スキル”獲得に必要だった、殺しの話だ。
「俺はとにかく、ゾンビを殺さなくちゃいけないと思い込んでて。あっちこっち走り回って、簡単に殺せそうな個体を、必死に探した」
「それで、どうしたんです?」
「結局俺、”スキル”の力なしじゃ、殺しなんてできなくってさ。根っこのところが、めちゃくちゃ臆病なんだよ」
「へぇ……でも、……それなら……」
どうやって”レベル1”に?
「簡単さ。転んだ子供に、最初から覚えてた《治癒魔法Ⅰ》をかけてやった。そんだけ」
「えっ。それだけ?」
「うん。――たぶん、”人助け”判定の経験値が入ったんだと思う。それで”レベル1”になって《格闘技術(初級)》とって……あとはまあ、トントン拍子。あっちこっちで人助けして、レベルアップしまくって……んでいま、レベル11、って感じ」
「へぇ~……」
そうなんだ。
あたしが感心していると、優希さんが、こっちの顔を覗き込む。
「それで?」
「?」
「美空ちゃんは、どうやってレベル1に?」
「え」
ああ……その話か。
あたしは少し、憂鬱な気分になって、言う。
「あたし、最初からレベル3だったんです」
「えっ。そうなの?」
「はい」
「なんでだろ……アリスに選ばれた、特別なプレイヤーだからかな? ……でも、センパイもたしか……最初の一回は、自分の手でゾンビを殺したって聞いたけど……」
「ああ、それは、たぶん」
そしてあたしは、ぼそりと打ち明ける。
これまで、誰にも打ち明けなかった事実を。
これまで、ロボ子ちゃんや、カナデちゃんにも言わなかったこと。
アキちゃんにすら、話さなかったこと。
「あたし、人を殺したことがあるんです」
って。
自分でも、なんでかはわからない。
ただ優希さんにはこのこと、知っていて欲しかったんだ。
「へえ。――それって”終末”の、前? 後?」
「あと、です」
それが、何かの言い訳になるとは思えない。
けど、あたしは人を殺した。
……飯田保純さんを殺す前に。一人。
その、詳細については、話さない。話すつもりはない。話しても仕方がないことだ。
その結果として、――家族と離ればなれになったとしても。
あたしは、殺したその人のこと、まだ一度も、夢に見ていない。
これってつまり、その人に対して、なんの感情も抱いていないってことだと思う。
「そっか。……経験値って、プレイヤーになる前にした行動にも関係があるんだな」
「はい」
あたしが頷くと、優希さんはそっと、コーヒーのおかわりを注いでくれた。
あたしはちょっと、微笑んで。
優希さんは、ぽつりとこう言った。
「きみってまるで、物語の主人公みたいだ」
「…………………………え?」
「だって、ほら。普段は明るく振る舞っているけど……その心には、大きな哀しみを抱えているってさ。ちょっぴり、主人公キャラの設定っぽいじゃん」
「………………………………」
あたしは、たっぷり十数秒ほど押し黙って。
「………………………………そう、ですか?」
「うん」
…………で。
………………………………それで。
「ところでこのコーヒー、ゲイシャコーヒーっていって、一杯千円くらいするやつらしいよ」
「…………へー」
なんて。別の話題に切り替わった、その瞬間。
まさかまさかの、そのタイミングだったんだ。
――恋心を検知。
「……………えっ」
――三十秒以内に、当該人物から離れて下さい。
――三十、二十九、二十八、二十七、二十六…………。
「うそ、うそ、うそ、うそ…………!?」
声を上げて、立ちあがる。
信じられなかった。
別にあたし、そんな……そんな。
そんなつもりは、なかったのに。
「ど、どうしたの?」
優希さんも、驚いてる。
――たんじゅんたんじゅん。
――おぬしがこれから。
――誰かと両思いになったら。
――頭が爆発して死ぬのよ。
よくわかんない、よくわかんない、よくわかんない!
両思い? 誰と、誰が?
混乱する。
――二十五、二十四、二十三……。
カウントダウンは無情にも続いている。
その時だった。
二階から、奏ちゃんと……たぶん”ゾンビ使い”と思われる細身の男の人がやってきて。
「やあ、話しはついたよ」
って。
でもあたしは完全に、それどころじゃなくなっていた。
「め……”変身”!」
目を丸くしている一同を前に、魔法少女へと変身。
すると同時に、弾けるような笑い声が聞こえた。
『げひゃひゃひゃひゃひゃ! ――絶体絶命じゃねーか! がんばれ嬢ちゃん!』
「……くっ」
唸りながら、ベランダへと繋がる窓へ、
「――《いんびじぶる・かったー》!」
きらきらと、砕けたガラス片が輝く。
ドン引きする視線を背に受けて、
「――《ういんど》!」
上空へ飛ぶ。
――アニメに登場する魔法少女は、敵わぬ恋に苦しむものじゃ。ワハハ。
アリスちゃんの、言葉。
これまで、何度となく思い返した、あの言葉。
宙空、三十メートル地点にて。
――恋心の消失を確認。カウントストップします。
涙は、出なかった。
ただ、その代わり、
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
あたし、気が狂ったように笑っていた。
あたしはそこで、悟ったんだ。
これから待ち受けている……”魔法少女”の、過酷な運命を。
あたしたちの戦いは、きっと。
いま、始まったばかりなんだ、って。
魔法少女ミソラの原点。