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その14 死人操作

 この《死人操作》という能力は、パソコンで遊ぶゲーム……とりわけ、FPSと呼ばれるジャンルのものに、かなり寄せて作られている。


 だからこそ。

 それまでに遊んできた何百本ものゲームの経験が活きていたからこそ。

 僕は、怪物に囲まれても、恐れを抱かずに済んでいた。

 まるで歴戦の英雄の如く、自分の勝利を疑わずにいられた。


 一対五。丸腰。

 そして僕は、可能な限り五体無事に狩場豪姫を手に入れたい。


「考えてみれば、もっと悪い状況はいくらでもあったな。……あくまで、ゲームでだけど」


 いずれにせよ、勝機は十分にある。

 僕は冷静に豪姫を下がらせて、五匹から距離を取る。


――そもそも、弟に頼ったこと、それが間違いだったのだ。


 歩く死人相手に、危険な賭をする必要などなかった。連中は怪物だ。人間の手に負えるものではない。


 僕は最初から、一人でやれた。


 マウスを動かし、冷静に周囲を見回す。高級住宅街の良くないところは、どの家も防犯ばっちりで、室内に逃げ込むことができない点だ。

 それでも……武器になるものは、ちゃんとある。


 豪姫の視界を借りた僕は道中、念のためいくつか武器になりそうなものを発見していた。


 一つ。向かいの家の人が屋根に登ったときにこぼれた、平瓦の欠片。

 二つ。足元に転がっている少し太めの木の枝。

 三つ。ドブに横たわっていた、工事中の看板。

 四つ。それに引っかかっているロープ。

 五つ。工事の人が置き忘れていった赤いカラーコーン。

 六つ。石。両手で抱えられるくらいのやつ。


「……よし」


 ため息を吐きながら、僕はまず、こぶし大の平瓦の欠片から試してみる。

 素早くそれを拾って、投擲。

 一匹の”ゾンビ”の胸にそれが突き刺さったが、少し怯んだ程度だった。


 次。木の枝。

 安全圏からそれを思いっきり振り下ろす……が、一発で根本から折れてしまう。

 ”ゾンビ”はこれっぽっちもダメージを受けた様子がない。


 次。工事中の看板。

 これはそこそこ働いてくれた。

 作業員が会釈している図柄のそれを振り回すと、うまく”ゾンビ”の一匹の頭部にクリーンヒット。よろめかせることに成功したのである。

 だが、それっきりだった。

 吹き飛ばされた”ゾンビ”はむくりと起き上がり、むしろ凶暴性を増しながら、

 

『ぐ、お、お、お、お、お、お、お、お……ッ』

 

 吠える。


 次。ロープ。

 残念ながらこれはそもそも、豪姫には扱いきれないもののようだ。手に取ろうともしてくれない。


 次。赤いカラーコーン。

 連中の頭にかぽっと被せれば目隠しにでも使えるかと思ったが、机上の空論だった。これをうまく使うには、豪姫は少し小柄すぎる。


「……ウーム」


 試行錯誤の末、――最終的に役立つとわかった武器は、たった一つ。


 石。

 ただの石である。

 でこぼこした形状で、一般的な女性の両手でようやく持てるくらいのサイズのもの。

 出所はよくわからない。たぶん何かの重石のために拾われたものだろう。


「原始人の戦いだな……」


 これを使うのを最後まで躊躇したのは、接近戦を挑む羽目になるためだ。そうなると豪姫の無事が保障できない。

 とはいえここは、やるしかなかった。

 下手に逃げ回ってにっちもさっちも行かなくなるより、よほどいい。


 僕は、頭の中で先ほどの練習を何度もリピート再生しながら、五匹の”ゾンビ”たちとの距離をはかる。


 さて。

 ここで《死人操作》を使った場合の戦闘に関して、おさらいしておこう。


・左クリックで左パンチ

・右クリックで右パンチ

 

 ここまでは、既に触れた。

 とはいえこれらの動作は、常にそうであるわけではない。

 どうやら”ゾンビ”たち、敵との間合い次第では蹴りを繰り出したり、手持ちの武器を使ったりと自分で判断してくれるらしい。

 どういう状況でどういう攻撃を繰り出すかに関しては個体差がある。

 恐らくその”ゾンビ”が生前に憶えた知識が反映されているのだろう。


 ただいずれにせよ、ほとんどの場合で「こうだ」と決まっているのは、”ゾンビ”が行う攻撃モーションの多くが、可能な限り顔面を固定した状態で行われるということだ。

 これは恐らく、”プレイヤー”である僕が画面酔いをしないようにという配慮なのだろう。あるいは、FPSというジャンルに《死人操作》という魔法の力を寄せた結果、そういう奇妙なことになっているか。


 だから僕が操作する”ゾンビ”は基本的に、隙が少ないが腰の入っていない、――ボクシングでいうところのジャブに近い攻撃ばかりを繰り出す。

 しかし、例外もあった。

 《死人操作Ⅱ》を取得した際に憶えた”強攻撃”である。

 これを使ったときだけ、”ゾンビ”は全身全霊の力を込めた攻撃を繰り出す。


 その代わりこれには、大きな欠点が二つ、ある。

 モーションの大きい攻撃を行うあまり、発動後は大きな隙が生まれてしまうこと。

 その際、正確に攻撃を当てるためには、視界をマウス操作によって調整しなければならないこと。

 故にこの”強攻撃”を使う場合は、常に一撃必殺でなくてはならなかった。


 具体的に、僕が行わなければならない操作をまとめると……、


(1)接近する”ゾンビ”の頭部に狙いを定める。

(2)手持ちの石がクリーンヒットするであろう適切な距離で左クリック。

(3)激しくブレ始める画面を制御しながら、画面中央に敵を捉え続け、攻撃の終了を見守る。


 と、こうなる。


 言葉で説明するのは簡単だが、やってみるとこれがいかに至難の業か。

 しかも、それを五度連続で成功させなければならないという制限付きだ。


 だが。

 とはいえ。

 僕には、それができるという確信があった。


 何せ僕は、――神のごとき力を持つ”魔女”に認められたゲーマーなのだ。

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