その157 心の繋がり
『先光』という表札の門を通って、玄関へ。
優希さんは、慣れた調子で扉を開いた。
安全地帯にて。
一応、変身を解除したあたしは、その様子を見て、思わず訊ねる。
「その……優希さんと”ゾンビ使い”って……どういう関係、なんですか?」
「同じ高校の、先輩と後輩」
「そう……なんだ」
なんだか、ヘンテコなかんじ。
あたしたち、結構並々ならない決意で彼と敵対したのに……いまはその家で、コーヒーをご馳走になってる。
”ゾンビ使い”の家は、なかなか大きかった。
もちろん、保純さんの家には劣るけども。
あたしたち、十人くらいなら一度に着席できそうな食堂に入って、その壁一面に敷き詰められたボードゲームを横目に、席につく。
その隅っこには、メイドロボ。
なんか、アニメの世界から飛び出してきたようなデザインの娘だ。
――オタクの人、なんだな。きっと。
そう思う。
こぽぽぽぽ、と、あたしが見ている前で、コーヒーが二杯。
豆の種類は……わからない。そこまでマニアじゃない。
けど、すっごく香ばしくて、良い匂いだと思った。
ことんと目の前に、黒い液体が置かれる。
「いただきます」
ロボに会釈すると、彼女(?)はかくんと腰を落として、優雅に挨拶。
――ロボ子ちゃんとは大違いだな。こっちの方がよっぽど、機械っぽい。
本物のロボと人間なんだから、当たり前かもだけど。
「ごめんな」
物思いに耽っていると、優希さんが出し抜けに、頭を下げた。
「いろいろと、黙ってて」
「ああ……いえいえ。そんな」
その素直な態度に、あたしはもう、何もかも許してしまいたい気分になった。
「優希さんも、いろいろと事情があったっぽいですから」
「うん。――正直、びっくりしたよ。死ぬような想いでセンパイの家に辿り着いたら、今度は……世話になった、美空ちゃんたちと喧嘩してるって言うんだから」
優希さんと綴里くん。
二人が歩んだおおよその道のりはすでに、情報として知っている。
考えてみればずっと、板挟みだったんだよね。優希さん。
「恩知らず、だった。君たちには、命を助けてもらったのに」
「はい」
そこは事実だ。だからあたしは、はっきりとこういう。
「あたし、傷つきました。……キスしたのだって、あたしを操るため、だったんでしょう?」
「半分、そう」
優希さんが、こくりと頷く。心が、チクリと痛んだ。
「俺、……ちょっと前に、センパイを……裏切ったことがあってさ。だからその時、こう思ったんだ。俺が動けば……きっと、彼の信頼を取り返せる……って」
「動く、って?」
「君たち三人と恋すれば、きっと何もかも、解決する。大団円になるってさ」
恋。
あたしは少し、耳を疑う。
恋愛を、目的じゃなくて手段として使う人、生まれて初めて会ったから。
けど、だからこそ、あたしはこう思った。
優希さんはたぶん、嘘を吐いていない。
心の底から、真摯にあたしと向き合っている、って。
「自己……肯定感の、塊みたいな人、なんですね。優希さん」
「違う。事実を正確に認識しているだけだ」
優希さんはそう言って……少しだけ、苦笑する。
「……いまの、センパイが言いそうな台詞。ちなみに」
そっか。
やっぱり優希さんは……その、”センパイ”っていう人が、大好きなんだな。
「俺ってさ。結構、見た目がいいだろ」
嫌味でも何でもなく、優希さんは堂々と言う。
「それってさ、俺にとっては別に、誇るべきことじゃないんだ。俺自身の手柄じゃないから」
「…………………」
「恋愛小説とかでさ、よくあるだろ。美形同士じゃないと成立しないような話」
「それは……まあ」
そう言われてしまうと、なんだか身も蓋もないけれど。
「美男美女が、お互いの容姿に見合う相手と出会ってさ。……そして一見、”理想的な恋”をする。……ぶっちゃけ俺、そういうの、好きじゃないんだ」
でもその気持ちは、ちょっとだけわかるかも。
「そういう風に結ばれた二人の関係ってきっと、制限時間がある……そう思う」
「制限、時間ですか」
「うん。だってさ。どんな最高の料理でも、毎日出されたら飽きちまうだろ? ”美”って感情はたぶん、それほど普遍的じゃないんだよ。……でも……」
その後の言葉は、なんとなく、わかる。繋がる。
優希さんはたぶん、こう言いたいんだ。
「心と心の繋がりは……そうじゃない?」
「そう」
彼女はそこで、にっこりと魅力的に笑う。
その笑顔を見るためだったら、世界中を敵に回したって構わないくらいの、魅力的な笑みを。
「……根っこが、オタクだからかな。本当に美しいものってさ。肉の欲望とか、そういうものを、超越した先にある。そうであってほしいんだ」
ロマンチスト、なんだな。
あたしたちの会話はそこで、少し途切れる。
コーヒーの風味を楽しんだ後は、……お砂糖とミルクをたっぷり入れて、甘い味を楽しんで。
「もう、半分は?」
「え?」
「キスした、理由。半分は、みんなを仲直りさせるための”手段”だったって、そう言いましたよね?」
「うん」
「もう半分は?」
すると優希さんはまた、にっこりと微笑む。
「したいと思ったから」
「――え?」
「いつだってそうだ。したいと思った。相手もそれを、受け入れてくれると思った。……その時、気持ちが通じ合って……すごく、気持ちの良いキスができる」
………………………………。
………………。
………。
やべーやべーやべーやべー。落とされる落とされる落とされる。
この人、すごいよ。こんなの、ノンケでも構わず好きになっちゃうよ、きっと。
「あたしが……その。女の子が好きな人なこと、気づいてました?」
「いいや。気づいてない。むしろ今、知った。そうだったんだ」
優希さんは、悪びれずに言う。
「……それでも優希さん、キスを……?」
「うん」
どうもそれは、優希さんにとってとても自然な行為、みたい。
「俺はね、もっとみんな、ハグしたりキスしたり、すべきだと思ってる。性別とか、関係なく。……そういう世の中の方がきっと、平和だと思うな」
「そ……そう、でしょうか」
知り合いがみんな、男女を問わずにチュッチュする世の中を思い浮かべる。
……ちょっと怖いな、と思った。
でも、その辺りから、だったの。
あたしと優希さんが、気兼ねなくおしゃべりできるようになっていったのは。
――この人はきっと、正気じゃない。
そう思えた。
だからあたしとも、……気が、あったのね。