その156 恋の行方は
車に、戻って。
神園優希は、実につまらなそうに助手席へ腰掛けた。
「どうだった?」
相棒の綴里が、言う。
「どうもこうもないよ。追い出された」
「え? なんで?」
「よくわからんけど。先輩ったら、二人っきりになりたいってさ」
「そっか」
優希は、ショートカットの髪を大きくかき分ける。
「はぁ~あ。……なんか、思った通りの展開にならなかったなぁ」
この数日、密かに”プレイヤー”としてレベル上げをしてきたのは全て、センパイのピンチに駆けつけるためだ。
そうすることで、独断専行の許しを得ようとしたのである。
――でもね、しょーがないでしょ、センパイ。
――あのタイミング……これ以上ないくらい、絶好のチャンスだったんだ。
――あれを逃してたらたぶん、一生後悔してたと思う。
なんて。
いろいろとまあ、言い訳を用意して。
その上で、センパイの命を助ければ、きっと頭を、よしよししてくれる。
――君を、誇りに思う。
そんな風に、言ってもらえる。
そう思っていた。
確かに自分は、センパイの危機を救った。
だがちょっぴり、思ってたのと違う。
本当はもっと、スーパーヒーローみたいな活躍をする予定だった。
何故だか、実際そうやって、命を張った気もする。
多分それは、デジャブというやつ。
完全な、気のせいなのだろうけど……。
「まあ何ごとも、想定通りにいかないのが、人生さ」
「そりゃまあ、そうだけどさ……」
助手席を倒して、横になる。
すぐそばでゾンビが、
『お、お、お、お、お、おおぉ………』
と、ご挨拶。
とはいえ、車には接近できない。この辺りにはいま、結界が張られているためだ。
「……一色、奏さん、か」
ぼそりと呟く。
「綴里は何か、情報ある?」
「あるよ」
航空公園グループの人間関係に詳しい綴里が、車の説明書を読みながら、言う。
「なんでも彼女、親に虐待されてたって話」
「えっ。そうなの?」
「あくまで、噂だけどね」
綴里はいま、ウインカーの出し方を練習している。
「ただ、確実に言えるのは、彼女のお父さん、いま、児童相談所から接近禁止令が出てるってこと」
「……えっ。だったらマジじゃん」
「ところが、そうでもない。ここ数年、児童虐待関係のごたごたに厳しいらしくってさ。ちょっとでも怪しい雰囲気の親は、すぐに接近禁止令が出されるんだって」
「へぇ……お役所仕事ってことか」
「そうみたい」
カチ、カチ、カチと、右側のウインカーが光る。
それに反応して、ゾンビがよたよたと集まる。
「でも、”怪しい雰囲気の親”であることは間違いない訳だ」
「うん。『巨人の星』のお父さんみたいな人で、あんまり評判はよくなかったみたいだよ」
実にわかりやすい例えだ。
前時代的な、スパルタ頑固親父ってことか。
「そのお陰で、こういう世の中でもたくましく生き残れているんだ。お父さんの教育の賜物だな」
「そうだね」
綴里が頷く。
「それと、もう一つ。……優希を安心させる情報がある」
「え?」
「彼女、男嫌いだってさ」
「…………ふうん」
そこで優希は、天を仰いだ。
フロントガラスに、洗浄液が飛ぶ。ワイパーが自動的に作動して、カシュカシュと鳴る。
「別に俺は……センパイが誰と付き合おうと、構わないけど」
「嘘ばっかり」
「本当だよ。……俺、別に、センパイとセックスしたい訳じゃないし」
視線を逸らしつつ、言う。
こう言うたび、天宮綴里が厭な顔をすることを知っていた。
自分の恋人は、女に限られる、と。
そう言われている気がするためだ。
神園優希は、センパイに恋をしている。
それは綴里にとって、嫉妬に値すること。
だがその一方で、ある種の救いでもあった。
――センパイと恋ができるなら……私と恋をする日も、あるよね。
というのが、彼の意見。
優希はそれに対して、ずっと沈黙を貫いている。
綴里が、謎のスイッチを操作した。
すると車内に、ココナッツの香りが漂い始める。
どうやらこの車、香水を噴霧する装置もあるらしい。終末には不要な機能だ。
「……さて。シスターズとは、仲良くやっていけるかな……?」
そう思って、天を仰ぐ。
綴里が借りた4WDは、ルーフにも窓がついていて、空を見ることができた。
「…………………ん?」
横になりながら、ぼんやりと空を眺めていると……一瞬、天窓が影になる。
何かと思って目を凝らすと、誰かが車のルーフに載っているようだ。スカートの中身が丸見えになっている。ずいぶんと愛らしい、かぼちゃパンツ。
これには見覚えがあった、
「おっ。ミソラちゃんか」
「いま、パンツで見分けた?」
「複合的な、状況判断だよ」
ゾンビだらけの世界で、スカートを履いている人間など、一人しかいない。
「うおおおおおおおお! ――《いんびじぶる・かったー》!」
同時に、車の周囲をぶらついていた数匹のゾンビが、派手に千切れ飛んだ。
「………………」
凪野、美空。
慌ててコミュニティを飛び出したから、置いてけぼりにしてしまったが、どうやら追いかけてきたらしい。
「――どうする?」
「どうもこうもない。会うよ」
その言葉尻に、「ちょっとだけ、気まずいけど」という文句を交えつつ。
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優希が車のドアを開けると、オレンジ髪の少女が、花丸笑顔で横ピース。
「おつかれっ、”奇跡使い”の優希さん」
「ん。おつかれ」
「約束を……果たしてもらいに来たよ」
約束。
この後、ゆっくりおしゃべりするっていう、アレか。
「わかった」
頷いて、ゾンビの死骸まみれのところを見回す。
「それじゃ、ちょっと移動しようか。センパイのメイドロボが、コーヒーを淹れてくれているはずだ」
「うん! あたし、コーヒーだいすき!」
ひょいっと車の上から降りて、優希と美空、二人で並び歩く。
「変身は……解除した方が、いいよな?」
「…………うるさっ。……うるさいわ、ホズミ。……ちょっと、黙って!」
どうやら、そうした方が良さそうだ。
「ちょっと、静かに……。しない! ちんちんかもかもしない!」
「ははは……」
最強パワーの代償が、この狂気じみた振る舞いであるというのなら……自分の能力を感謝しなくてはならない。
何せこちとら、ほとんどなんのデメリットもないわけだから。
「ご、ごめんね、優希さん……ちょっと、あたしにしか見えない淫じゅ……妖精が、いたずらっ子で」
「いいよ。気にしない」
そうして二人、肩を並べてセンパイの家へ向かう。