その155 素直じゃない娘
優希の取り乱し方は、尋常ではなかった。
「センパイッ!? センパイ! 俺が駆けつけてきました……って、うおおおおおっ? センパイが死んでるー!?」
「勝手に殺すな」
「ま、――待っててください! いま! 俺が! 優希が! この、神園優希が! お助けしますから!」
そして、なんだか両手を緑色に発光させて、飛びかかってきた。
――あれは……。
モニター越しに、見覚えがある。
《治癒魔法》を発動させた時に見られる光だ。
――ってことは……?
いつの間にか、優希まで”プレイヤー”になっていた、と。
そういうことか。
治癒魔法は、効果てきめんだった。
数秒も経たずに僕の身体は全回復し、元気に歩き回れるまでになったのだ。
「すごいな……魔法。なんでもありだな、魔法」
感心していると、優希はなんだか、半泣きになっている。
「良かった……! もう手遅れかと……!」
「大袈裟なやつだ」
言いながら僕は、この美少女に感謝している。
血が足りていない状態では……思考は回らなかった。
眼前の危機はまだ、これっぽっちも去っていない。
「優希」
「は、はい」
「駆けつけてくれたとこ、恐縮なんだが……少し、奏さんと二人っきりにしてもらえないだろうか」
「え? ……なんで、です?」
「二人っきりに、なりたいからだ」
有無は、言わせない。
余計な茶々を入れられる訳にはいかなかった。
優希は一瞬、奏さんの顔をまじまじと見て、
「……好きなの?」
と、謎な質問をする。
奏さんの方は余裕がなくて、部屋の隅っこでぶつぶつと何か呟くだけだ。
「いいから、行け。さっさと行け」
「…………ぷぅ。あとで、ちゃんと説明して下さいよ」
「もちろんだ。……よし子。優希のために、コーヒーを淹れてあげてくれ」
『リョーカイ(^^)/』」
そうして我が後輩は、唇を尖らせながら去っていく。
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望み通り、部屋に二人っきりになって。
「奏さん。少しいいかい?」
「……ん」
優希の存在は完全に無視していたくせに、僕の話は聞いてくれるらしい。
――僕のことを”センパイ”というくらいだから、リスナーの一人、なんだろうけど。
優希と綴里は、眼中になかったということだろうか。
まあ一応、ネット上におけるストリーマー・チーム、”ネイムレス”の中では、僕が一番人気だったりする。
理由は単純。巧いから。
プロゲーマーの世界は、わりとシビアだ。
まず、人よりゲームが巧いこと。そこが重要。もちろん、それが全てという訳ではないが……少なくとも、岡目八目で指示をするプレイヤーが見ても、はっきりと”巧い”必要がある。
これはつまり、世界中に存在する暇人よりも効率的に技術を蓄積し、どういう状況下でも対応出来る知識を身につけなければならない、ということだ。
故にこの仕事には、かなり残酷なレベルで”才能”が試される。
個人競技のスポーツでもそうだが、同じ学校に通う友達がそのレベルに達している可能性は、かなり少ない。
”ネイムレス”において、少なくとも”プロレベル”とされているプレイヤーは、僕だけ。
もちろん、優希も綴里も、決して下手という訳ではないのだが……。
「奏さん?」
「……ん」
本題に入る前に、小さな疑問を解消しておこう。
「奏さんって……”ネイムレス”の、リスナー?」
「違う」
彼女は、実に不愉快そうに、言った。
「ファンって訳では……ない、でしっ、……です。ただ、ときどき、切り抜き動画を見たり……そんな風にしてる。そんだけ」
……………。
よくわからんが、それを一般に、”ファン”とか”リスナー”と呼ぶ気がするけど。
「一応、サインとか、いる?」
「いらる…………っ。……いらない」
「そっか」
内心、ちょっぴり落胆する。
「実は僕、一度もそういうの、書いたことないんだ。第一号になってもらえるかと」
「えっ。そーなの?」
「世の中には、山ほど配信者がいるからね。僕程度だと、なかなか……」
奏さんはしばし、僕の顔をまじまじと見て、
「それなら……しゃーない」
ちょっとだけ、笑顔になった。
「ちょっぴり、お得な気持ちになるので。……もらってやっても、かまわんでし。あくまで、ちょっぴりお得な気持ちになるので」
「そうか。ありがと」
さてはこの娘……素直じゃないな?
僕は、そう思った。
▼
きゅっ、きゅーきゅきゅーっと。
適当な紙に、マジックペンでサインを書いて。
それを少女に手渡すと、奏はちょっぴり片眉を挙げた。
「サインって、楷書体で書くものなの?」
「仕方ないだろ。初めてなんだから」
「ふーん」
そして奏さんは、たいして有り難みもなく、それをポケットに入れる。
「まあ、あんたのヘッド・ショットは、目を見張るものがあったから、ね」
「君も、やるの? FPS」
「少しだけ。――良く出来たFPSは、軍隊の戦闘訓練にも用いられたことがある、から」
なんでも奏さん、”親の教育の一環で”僕の動画を観ていたらしい。
「あの……1対6の盤面からひっくり返した動画は、なんども観た、でし。……あの、グレネードの投げ方……すごかった」
「へえ。そっか」
僕は、可能な限り愛想良く微笑んで。
「ところで」
そのタイミングで、本題に入った。
「僕たちってさ、……友達に、なれたりしない?」
「友達?」
奏さんが一瞬、ぎょっとした表情になる。
「まさか……”センパイ”まで……ちんちんを入れようとするの?」
「え?」
なにこの子。……いま、ちんちんって言った?
良くわからないが、どうも失望されているらしい。
「ええと。そのつもりはないけど」
「じゃあ、なんで」
何でと言われても。
この娘、仲良くしようとする男は、全員交尾目的だとでも思っているのだろうか。
……いや。
本当にそう、思い込んでいるのかも。
アリスは、彼女たち三人を指して、「イカレている」と表現していた。
僕自身、――先光灰里が、正気ではないように。
彼女たちもまた、奇妙な性癖があるのかも知れない。
だから僕は、こう言った。
「絶対に……それは、ない。僕には、愛する人がいるんだ」
「えっ。そうなの?」
「うん」
「誰?」
「もう、この世にはいない。今どき珍しくもないだろ?」
「この世に……いない……?」
「だから、安心してくれ。ちんちん入れない。僕にはぜんぜん、そのつもりがない」
「…………」
奏さんはしばらく、僕の顔をじっと見て。
「……そう」
と、ため息を吐くように、いう。
――彼女、揺れてるな。
何となく、……だが。
これは、いける。
そんな気がした。