その153 善いことを
死に、ついて。
命の終わりについて……考えたことがある。
僕が死ぬ時は、どういう死に様になるだろう?
死の瞬間、心の底から「満足した」と、そう思えるだろうか?
どうだろう?
『いーや。あんたは無理だよ』
深淵の底にいて。
そう、親しげにそう語った女の子の顔には、見覚えがあった。
狩場豪姫。
僕の、同級生。
僕にとって最初の……対等に話せる、友達。
『歴史に残るような、もの凄い偉業をやり遂げてさ。世界中の人に愛されてさ。子供もたくさん作って。一万人の恋人と、百万人の友達に囲まれてもさ。
……それでもきっと、あんたは満足しないよ』
そう、かな。
『あんたは、そういうやつなの。
ベッドについた埃が気に入らないとか。視界に映る天井の柄が気に入らないとか。
その程度の理由で、いらいらし始めるんだ。
それで結局、こう思う。
ああ、もっと僕は、うまくやれたはずなのに……って』
そうかもしれない。
『だから、元気出しなよ。「悔いが残る」ってさ。死に様は決まってるんだ。
だったらあとは、どう生きるか。それだけ考えれば良い。だろ?』
その通りだ。
『たくさん、たくさん善いことをしな。
そしたらあの世で、頭をナデナデしてやる』
そうか。
……それは……楽しみだ。
でも、僕がそちらに行く日は、そう遠くない気がする。
『ハハハっ。んなこたぁない。
ちゃんと見てなかったのか? こっち目線じゃ、明らかだったよ?
あんたがここで、終わるわけないってさ……』
……え?
『起きろ。先光灰里。あんたの冒険はまだ、終わっちゃいない』
『立ちあがれ。彼女は今、すごくすごく不安に思ってる』
『一色奏は……いいえ。”シスターズ”は皆、この世界に必要な人材だ』
『安心させてやりな』
『世界は決して、自分が思ってるほど残酷じゃないって』
『あたしが、あんたにしてやったことを……してあげるんだよ』
▼
「――はっ!?」
目が覚めて、ベッドの上でびくんと跳ねる。
「……はっ、……はっ、……はっ、……はっ」
僕は額の汗を拭いながら、天井を仰ぎ見た。
知っている場所。僕の自室だ。
『アッ、オキタ(T_T)』
聞き慣れた、メイドロボの声。
『アブネー。《応急処置》ハ、60シカ、トッテナカッタカラ……。ギリギリ成功シテ、ヨカッター(>_<)』
……。
ぼんやりとする頭で、事態を呑み込もうとする。
身体を、見る。
腹に、包帯が巻かれていた。血は止まっている。
よくわからないが……、40%の確率で命が危なかった、ということだろうか。
「というか、よし子……撃たれたのに、無事だったのか」
『ハイ、マア。ドーモ、手加減サレタ、ミタイデ(-_-)』
「そうか……」
何らかの方法で、威力の弱い弾丸を使った、ということだろうか。
彼女は元々、僕を殺すつもりがなかったのかもしれない。
「………………………………………………」
そこで近くに、誰かの気配。
顔を向けると、奏さんだった。
「……………やあ」
挨拶すると、彼女はちょっぴり、唇を尖らせて、
「ん」
と、応えた。
「見事な狙撃だった。……さすがだ。窓越しに当てるとはね」
すると奏さんは、何とも言えない表情になる。
「ちがうの」
「え?」
「あちし……あた、あた……」
「?????」
「わ……わたしは、その……もっと、正々堂々とした勝負をするつもりで……」
「正々堂々?」
眉をひそめる。
僕たちの”勝負”に、そのような概念が存在することなど、これっぽっちも気づかなかった。
命が掛かっているのだ。護るべき者がいるのだ。
卑怯でも別に、構わないじゃないか。
”チェーホフの銃”。
手に入れたアイテムが、暴発したこと。
僕の思いは、奏さんから事情をよく聞いた後も、変わらなかった。
――ルールその2。
――先にチーム・リーダーの居場所を見つけて、攻撃した方が勝ち。
僕の、負け。
奏さんの、勝ちだ。
スズランの撃退に成功したのも彼女たちだし、……良いところなしだったな、僕。
「えーっと……その……それで……」
奏さんは、なんだか哀しげな表情をして、愛用のゲーミング・チェアに座ってる。
「あち……わたしは、どう……お詫びすれば……?」
「おわび?」
思わぬ言葉に、驚く。
正直、意味が分からなかった。
今気づいたのだがこの娘、”勝者”の顔をしていない。
慣れない車の運転で衝突事故を起こしたドライバーのように、しゅんとしている。
「良くわからないんだけど、……お詫び、してくれるの?」
「だってわたし、……ルール違反を……」
ルール、違反?
そうだっけ?
僕は、一瞬だけ考え込んで、
――ルールその1。
――人殺しはNG。
これを思い出す。
なるほど。
ってことは、僕……わりとマジで、死にかけたんだな。
「……まだ僕、死んでないけど」
「いいえ。放っておけば、死んでた、でし……です」
そうなんだ。
「わたし、致命傷を、負わせた……ルール違反を……した……。あなたが死ななかったのは、結果に過ぎない。あなたは、あなたの所有物である、”メイドロボ”の力で生き返った、から……」
そうか。
ボードゲーム・プレイヤー並みにルールに厳しい娘だ。
――彼女が、僕に何か、引け目を感じているのなら……。
うまくすれば、つけ込む隙が、あるかも。
こちらに、有利な条件を呑ませられるかも。
だが。
――あたしが、あんたにしてやったことを……してあげるんだよ。
何故だろう。
その時の僕は、不思議とそういう気持ちにならなかったのだ。