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その151 血

 マッチョくんの死を、見て。

 

 ぐるるるるるるるるるるるる……。

 

 虎の鳴き声にも似た音が鳴る。

 強烈な、飢餓。

 だが、これを見越して僕はすでに、大量の食糧を摂取している。無視できる。

 そう判断した、次の瞬間だ。


『うあああああああああああああああああああああああああああああああッ』


 豪姫が、駆けた。


「………………………!」


 彼女にはいま、自律行動を命じている。

 だから、ここで怪獣に立ち向かうのは別に、おかしくはない。

 だが、その時の僕には彼女が、何らかの意志の元に駆けている。

 そんな気がしていた。


――無理矢理にでも止めるべきか?


 そう思う。

 だが、数瞬のちに、思い直した。


 戦闘には、流れがある。

 彼女が自主的に戦いたいというのであれば、僕はそれに任せたい。


――ミントで、豪姫の補佐をする。


 彼女の位置をクリックし、まだ身動きできることを確認し……《雷系魔法Ⅱ》を、”怪獣”目掛けて放つ。


 そこまでシミュレートしたが、結果的にそれは不要だった。

 僕が目の当たりにしたのは、豪姫が、巨大な怪獣相手に戦っている姿だ。


 まず、全身ボロボロの怪獣が、横薙ぎに鎌を振るう。

 豪姫はそれを、素晴らしい体術で屈み回避。敵の懐に入り込んだ。

 やつの無力化をするには、たったそれだけで十分だった。

 リーチが長すぎるカマキリの怪獣は、それきり、満足な反撃もできなくなって、無意味に空を斬りつけるだけとなる。

 その後の料理は、簡単だ。

 豪姫は、実に落ち着いた手つきで、怪獣の下顎の辺りに、


 ターン!


 と、一発。

 さらにもう一発の弾丸を装填して。


 ターン!


 それで、彼女の仕事は終了した。


『ぎ…………が…………ッ』


 壊れたパソコンにも似た異音を発して、怪獣は沈黙する。


――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!

――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!

――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!


 トドメに必要だった時間は結局、ほんの数秒。

 僕は、目を丸くしていた。


――顎下に、外皮の柔らかい部分があったのか。


 現場にいなかったが故、だろうか。全く気づけなかった。

 豪姫は、始末した怪獣を、憎々しげに蹴り飛ばしながら、こちらと視線を合わす。


 僕が、真に意外なものを見たのは、その次の瞬間である。


『…………………………………………にひひ』


 豪姫が、笑ったのだ。

 確かに。


――うへー! 試験終わったー!

――ねえねえ、うちゅーじん。試験も終わったし……ご飯、食べに行こーよ。


 同じクラスだった時。生きていたあのころ、みたいに。


 僕は一瞬、席を立つ。

 メイドのよし子が「オ! トイレノ時間デスカ?」と、余計な気を回した。


「ちがう。まだ大丈夫だ」


 ズボンのチャックをおろそうとするよし子を、押しとどめて。


 これまで、幾度か頭に浮かんでいた想いが、いよいよ現実味を帯びてきていた。


――僕が使役しているゾンビは、徐々に知性が上がっている?


 もしこの後、豪姫が話せるようになるというのなら。

 その豪姫は……僕の知っている彼女と、同一人物なのだろうか。


 モニターに映る豪姫が、こちらにライフルを向けている。

 そして、射撃。


「…………おっと!」


 唐突な裏切り行為……にも見える構図だ。

 ただ、彼女がそのような真似をするわけもなく。


 振り向いて見ると、ゾンビどもが集まってきていた。


「やれやれ……」


 考えてみればまだ、仕事は終わっていない。これから僕は、山のようなゾンビ軍と戦わなければならない。


「それじゃ、一仕事するか」



 それから、敵の掃討に掛かったのは、十数分くらいだろうか。


 途中、敵の連携がばらけて、ゾンビどもが散り散りになっていく瞬間があった。

 これに似た現象は、例の太っちょ”飢人”との戦いでも確認している。


――スズランを、倒したのか。


 正直、拍子抜けな気分だった。

 彼女を始末するのは何故か、僕の仕事だと思い込んでいたのである。


 デジャブ、というやつだろうか。

 何なら実際に、彼女の首を跳ねたような気さえしている。


 もちろん、気のせいに決まっている。

 ここ最近、ずっと忙しかったから、疲れているのだろう。


「…………ふう」


 ホームセンター周辺の敵を片っ端から始末して、おおよその安全を確保した後、僕はようやく、休憩を取ることができた。


「よし子。すまないが、紅茶を頼む」

「フレーバーハ、ドウシマス?」

「なんでもいい」


 そう命じて、部屋に一人きり。

 大きく伸びをして。

 時計を見るとすでに、日が沈んでいる時間だった。


――たまには少し、外の空気を吸うか。


 そう思って、普段は締め切っているカーテンを開く。


 見上げると、見事な月が浮かんでいた。


「綺麗だ」


 独り言ちて。

 こんな風に空を見たのは、いつぶりだろうと思う。


 忙しい人生にかまけていると、こういう当たり前のことをおざなりにしてしまう。

 例えば、雲のない夜空に浮かぶ月は、人を魅了するほどに美しい、という事実を。


 日常には、美しいものが溢れているという事実を。


「………………………?」


 と、その時だった。

 その月を背景に、なんだか四角い物体が浮かんでいることに……気づく。


「……あれ、は」


 見たことがある。正確には、モニター越しに。

 ”移動型マイホーム”。


「――ッ!」


 まずい。

 ゾッとして、カーテンを閉め切る。


 だが、遅かった。


 ぱりん、と。

 窓が割れた音がして。

 とん、と。

 身体を押されたような気がして。


 腹部を、見る。

 いつも来ている白いシャツ。

 その、右腹の部分に、赤い染みが広がっていた。


「………………………………!」


 僕は、しばらくそれを見て。

 そして、よろよろと、尻餅をついた。


「……………ぐ」


 喉の奥から、赤いものがこみ上げてくる。


 そしてはっきり、こう思った。


 死ぬ、と。


 部屋の、硝子窓が蹴り破られる。

 現れた死に神は、――モニター越しに見た、背の低い女の子。

 一色奏さん、だった。


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[良い点] 滅茶苦茶おもろい
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