その150 彼の正体
最初の気づきは……あの、太っちょの”飢人”戦。
”ゾンビ使い”と共闘した時のことだ。
――奴はあの時……敵位置の高低差を理解していなかった。
まず、この疑問が一点。
敵の力はもっと……チート能力めいているというか……言ってしまえば、なんでもありみたいに感じていたから。
だが、違った。
奴はどうやら、ゾンビの位置を平面的に捉えているらしい。
と、なると。
――”ゾンビ使い”は、空からの視点で位置を把握していたのではないか?
例えば……航空写真とか。Googleマップ的なやつで。
さらに、もう一点。
――こいつnこと、ごm……すまんかった。
――いそいだhうが、いいのdは。
などに始まる、奇妙な発言の数々。
これで奏も、確信できた。
キーボードの、タイプミス。
――”ゾンビ使い”は……何か、パソコンのようなもので、ゾンビを操作している?
以上、二つの推理を踏まえて。
あの時、木魂となって聞こえてきた、
『な…………なんだッ、こ『な…………なんだッ、こ『な…………なんだッ、こ『な…………なんだッ、これは……!』
この、声。
これが、決定的だった。
パソコン画面。
”ぼく”という一人称。
そして、その、声。
どれか一つでも欠けていたら、結びつかなかったかも知れない。
どれか一つでも欠けていたら、連想できなかったかも知れない。
一色奏は、――その声に聞き覚えがあったのである。
ゲーム実況者界隈では、そこそこ名の知れたストリーマー。
”センパイ”と呼ばれている男だ。
そこまで結びつけば、後はもう、確信となる。
神園優希。天宮綴里。あとなんか、おまけみたいなのが一人。
”センパイ”に引っ付く、金魚のフンみたいなやつらが、いた気がする。
彼らはたしか、こんな風に名乗っていた。
――”ネイムレス”。
と。
その後、奏は三日ほどかけて、彼の情報を探った。
結論から言うと、住所を割り出すのは驚くほど簡単だった。
なんと、”センパイ”の同級生だという人物がいたのである。
六車涼音さん。
彼女の助言で、あっさりと結論に辿り着いた。
――あとは、会いに行くだけ。
彼と、会うだけ。
適当に放り投げた糸が、するりと針の穴に入り込んだような。
そんな、奇跡に近い確率だと思う。
まるで神様が、彼の元へ行けと言っているような。そんな感じがした。
奏は、涼音さんに教えてもらった住所へ向かいながら、とあるアイテムを撫でる。
”チェーホフの銃”。
現状、唯一手元にある、SSRアイテムだ。
――”チェーホフの銃”は、極めて存在意義の高いライフル銃です。この銃に装填された弾丸は必ず発砲され、それはあなたの物語にとって重要な意味をもたらすでしょう。
その意味は、よくわからない。
ただこの三日間、何度かこいつの影響について考えたことはある。
いま、自分の運命は……この”銃”を発射するように、強制されている。
人一人の人生が、『この銃を発射する』という”物語”に引っ張られている。
そんな感じに。
こういうのを、創作の世界では何というか、奏は知っていた。
――ご都合主義。
大きくため息を吐く。
そしてその銃を、何の気なしに手に取って。
次の瞬間だった。
しゅう……と、火薬が点火する音。
「えッ」
暴発。
唐突な爆発音に、耳がきーんとなる。
意味が、わからなかった。
ただ一つだけ言えるのは……奏が見ている前で、突如として弾丸が発射されたこと。
その弾丸が、”マイホーム”の窓を突き破り、外へと飛び出していったこと。
「何が……?」
驚いて、窓の外を見る。無論、その弾道を追うことはできなかった。
そこで奏は、
「えーっと……《視力強化Ⅱ》!」
久しく使ってこなかったスキルを使用する。
その名の通り、視力を強化して双眼鏡のように使う能力だ。
ぎゅん、と、三半規管が狂いそうになるほどの視界変化が起こって、見えている範囲が大きく狭まる。
そしてその代わり、”チェーホフの銃”から発射されたと思われる弾痕が見えた。
とある一軒家の、窓。
素早く、地図を参照。
紛うことなく、”ゾンビ使い”の自宅である。
「これは……まさか」
嫌な予感が、した。
”チェーホフの銃”。
一色奏の物語に、重要な意味をもたらす弾丸。
「ふぁっく!」
思わず毒づいて、奏は”移動型マイホーム”を急ぎ、向かわせた。
焦れる、数分間。
そして、”ゾンビ使い”の自宅と思われる家に到着した奏は、カーテンが閉め切られた窓を蹴破って、中へと侵入する。
するとどうだろう。
そこには……一人の青年が、倒れていた。
色白で、眼鏡をかけて、線の細そうな……。
”ゾンビ使い”と、奏たちが呼んでいた男だ。
その、実物を見るのは初めて。
”ネイムレス”は、顔出ししないゲーム・ストリーマーだったのである。
「はあ……………はあ…………はあ……………!」
急いできたからだろう。息が荒れている。
――何か……言わないと……!
それは、わかっている。
だが、何と言えば良いか。それがわからない。
戦う覚悟は、できていた。
一色奏はそもそも、決着を付けにきた。
だけどそれは、……うまく言えないがもっと、正々堂々たる勝負のつもりだったのだ。
勝負をして。勝ち負けが決まって。
そして二人は、握手する。
そんな、少年漫画じみた終わりを望んでいたのだ。
「君……は………………………」
青年が、虫の息で、口を開く。
……その、次の瞬間である。
青年の手のひらに、球形の何かが出現したかと思うと、彼が素早く、それを床にたたきつけたのは。
――あ。あれって。
一度、ガチャで引いたことがあるから、たまたま知っている。
”スキルだま”だ。
たしか効果は……、
――“スキルだま(格闘技術)”には、割ることで五分間、《格闘技術(強)》《必殺技Ⅰ》のスキルを得る効果があります。
とか、なんとか。
奏が、驚愕から立ち直る前に、……”ゾンビ使い”が跳ね起きた。
そしてその顔面に、正拳突きが叩き込まれる。