その149 覇権のために
現場はしばし、火の点いたような忙しさだった。
あちらのゾンビを撃てば、こちらのバリケードが破られ。
こちらのゾンビを撃てば、そっちのバリケードが破られ。
どうもこの襲撃に関わっているゾンビ、普通のやつよりかなり賢い。
なにせこいつら、協力的な行動をとるのだ。
高さ三メートルほどの鉄壁を、数匹のゾンビが協力して登っているところを見た時は、さすがに目眩がした。
もしこんな奴らがしょっちゅう現れるなら、それこそ24時間体制で戦い続けなければならない。とてもではないが身が持たないだろう。
とはいえ、せん滅力にはこちらに分がある。
”射手”である一色奏は、――ある程度、弾道を操作できる。
その力を利用すれば、ほとんど360度、全ての敵を撃退可能だ。
「SE方向、二体。……次。N方向、三体。……次。E方向、一体」
ロボ子が、優秀な観測手の仕事をしてくれているのにも、助けられた。
総じて二人は、優秀な狙撃チームであった。
右を向き、撃ち。
左を向き、撃ち。
素早く弾丸を生成し、リロード。
「はい、おにぎり」
「んむ。むぐ」
タイミングを見て、お昼に作ってくれたお弁当を口へと運んでくれる。
ついでに、ストローを差した水筒入りの清涼飲料水をごくごく飲んで。
「もうそれほど、慌てずともよいでしょう」
そう、ロボ子が宣言したのは、戦いが始まって十数分後。
引き金を絞る人差し指が、じんじんと痛み始めた頃合いだった。
「あとは、ここの人たちの自主性に任せても大丈夫かと」
眼下を見下ろすと、物干し竿を改良した槍で、避難民が戦っているのが見える。
平和ボケした現代人が、殺しのやり方を思い出していた。
ここの避難民も、ゾンビ退治に慣れつつある。
ふらつく死人など、覚悟を固めた人類の敵ではないのだ。
「お見事でした。後半あなた、一発の弾丸で十匹くらい殺してましたよね」
「まーね。途中、レベルが上がって、パワーアップしたんでし」
胸を張って言うと、ロボ子も微笑む。
「それは、良かった」
この娘、自分の望みとは裏腹に、どんどん人間らしくなっている気がする。
「それと、ひとつ報告が」
「――?」
「少し前から、ミソラを見失っています」
「……まじ?」
「はい。我々の観測範囲から、風のように消えてしまっています。……ただ」
「?」
「少し離れた一画に、火が上がっています。たぶん、あそこで戦闘が行われたのではないかと」
「……そうか……」
奏はしばし、美空の顔を思い返す。
捨て駒、と。
最初の頃は、そんな風に考えたりもした。
けど、今は違う。仲間だと思っている。
これは別に、不自然な感情の変化ではない。
犬猫だって、毎日顔を合わせれば情が湧く。それと同じことだ。
「助けに……行くべき、かしら」
「ここのグループから死者が出ていいのであれば、そうすべきでしょう」
ロボ子が、無表情で呟く。
これは要するに、「やめておきましょう」という提案だ。
「ミソラは、ミソラの判断で命令に違反した。それ自体は決して、悪しき行動ではありません。臨機応変な対応は、戦場の常ですから。……ただ、その責任は……」
「ミソラ自身に、取らせる……」
「そうです」
やむを得ない。
自分たちがここを離れるわけには行かない。
もしそれで、避難民の誰かが死ぬようなことがあれば、それはそれで重荷を背負うことになる。
「ご安心を。私たちのミソラは、最強です。誰にも負けません」
「……ホントにそうなら、いいんだけどね」
「これは、私の陽電子頭脳が導き出した正確なデータです」
「はいはい」
ふっと笑って、立ちあがる。
”移動型マイホーム”はいま、航空公園駅の直上に位置していた。
絶対的な、安全地帯。死と一番遠い場所。
だからこそ、この場所でしかできない仕事をしなければならない。
「カナデ」
「……? なんでし?」
「決着が、着いたようです」
ロボ子の目線を追う。
その先では……ゾンビたちが、ぼんやりとちりぢりになっている。
統制の取れていない動きだ。
まるで、司令官を失った、ような……。
「……あっ」
スズランが、死んだのか。
ミソラか……あるいは”ゾンビ使い”が、奴を仕留めた。
と、いうことは……。
「勝った……ってこと?」
「ええ」
ロボ子が、深々と頷いて。
「人類と……ロボットの勝利です」
二人の視点では、そんな風にして決着がついた。
▼
それから、ほどなくして。
奏はいったん、”移動型マイホーム”をマンション屋上に降ろしていた。
玄関口まで、ロボ子を見送りながら、
「無理すんなよ。いまあんたは、その辺の一般人にすら勝てない身体でし。悪い奴に捕まったら、すぐにちんちん入れられちゃうから。わかってる?」
「もちろん」
それでもロボ子は、地上に降りる必要があるらしい。
というのも……、
「――”魔女”アリス。本当にこの辺りに、いるのかな」
「恐らくは」
ロボ子はどこか、確信があるような口調だ。
「彼女は時折、この辺りに出没しているという噂ですから」
これは、ここの避難民ならみんな知っている情報だ。
実際、三日ほど前にも、あの白髪頭を見かけた人がいるらしい。
「それで? あんた、アリスに会って、なんの話すんの?」
「ありとあらゆる話を」
ロボ子は、虚無的な作り笑顔でそう言って、
「あの女は、迂闊です。話せば話すほど、ボロが出る。そしてその事実に、当の本人が気づいていない」
つまり、要するに。
……我々に、超常の力を与えた存在は。
アホ、ということになる。
「きっと何かの情報を持って帰りますので。ご期待ください」
「ん。わかった」
そうしてロボ子は、地上へと降りていった。
▼
仕事も、一段落。
一人、”マイホーム”に残されて。
ふー、と。
奏は大きく、嘆息する。
「……よーし」
自然な流れで、ロボ子を置いていけたのは良かった。
ここから先は、”リーダー”の仕事だ。
「やるか」
この街の危機は、取り除かれた。
だが、奏たちにとっての危機はまだ、取り除かれていない。
――”ゾンビ使い”。
決着を、付ける必要があった。
先光灰里。
この、三日。
十分すぎるほど、準備する時間はあったから。
一色奏は、ゆったりとした足取りで食卓へと向かい……冷蔵庫に貼り付けた『予定表』に、とある地点の情報を書き込む。
――彼の、居場所へ。
今日。
この地域の覇権を、決めるために。