その148 撃退
わらわらと、ゴキブリのようにマンホールから湧き出るゾンビ。
連中と共にスズランは、決死の表情で駆ける。
まともに相手をする分には、ちょっぴり面倒な数。
けど、”奇跡使い”のスキルの前では、この作戦は無力、だった。
「――《聖域展開》」
そう呟いて、ポケットの中に入れていたペットボトルの水をばら撒く。
『…………――!』
するとどうだろう。
ゾンビたちが『ぎょっ』と、何かを厭うような動作をしたのだ。
なんか、オシッコをその辺にばら撒かれた感じのリアクション。
うわ、えんがちょ、って感じ。
優希さんのスキルは、ゾンビ相手に効果てきめんだった。
群れに紛れて、最期の奇襲をかけるつもりだったスズランの目論見は、そこで完璧に頓挫する。
『……――ッ』
一歩。
その他のゾンビよりも、一歩だけ多く踏み出した死人。
『しまった』という表情しているけど、もう遅い。
あたしはその、首から上を狙って、人差し指を向けた。
まるで、――拳銃で敵を撃ち抜くように……、
「《いんびじぶる・かったー》」
瞬間、不可視の斬撃がスズランに直撃。
その首元にばっくりと切れ込みが生まれて……ぱっと黒い薔薇の花弁が噴き出す。
さすが”飢人”と言ったところだろうか。
普通のゾンビみたく、気持ちよく死んではくれない。
『ま…………だ………ッ』
手のひらを、こちらへかざす。
見ていて恐ろしくなるほどの執念で、その手のひらからドス黒い火焔が噴き出した。
あたしは一瞬、カウンターの《風系魔法Ⅰ》を使おうかと思ったけど……、
「大丈夫」
肩に手を当て、優希さんが囁く。
実際、彼女の言うとおりになった。
敵の火系魔法は、不可視のバリアみたいなので遮られて、あたしたちにはまったく届かなかったんだ。
「よし。いまだ」
攻撃が止み、膝をつき、どこか謝っているような格好のスズランが見える。
「あと、一撃。それで仕留めよう」
すると、優希さんが触れているところから、なんだか力が流れ込んでいるような気がした。
その正体は、よくわからない。
何かのスキルを使ったのか。
それともあたしの……気持ちの問題か。
いずれにせよあたしは、大きく息を吸って、目の前にいるゾンビの群れに対して、もう一度呪文を詠唱した。
「――《いんびじぶる・かったー》!」
それで、今度こそお仕舞い。
同じ位置に術を受けたスズランの首から上は、見事に吹き飛ぶ。
断末魔の悲鳴もなく、”飢人”は沈黙した。
『ぴろりろりーん♪』と、ポケットの中のコミューンから音がして、レベルアップを告げる。
――勝った。
ほっと胸をなで下ろしていると、
「まだだよ」
優希さんが、至極真っ当な助言をくれた。
「この辺りにはまだ、ゾンビが山ほどいる。そいつらをみんなやっつけるまでが、俺たちの仕事だ」
それは、たしかにそう。
あたしは彼女の顔をじっと見て、……そして、深く深く、ため息を吐いた。
『”ゾンビを遠ざける”スキル、”魔法攻撃を防御する”スキル、”魔力を一時的に強化する”スキル、――いま使ったのは、この三つ。念のため、しっかり覚えておけよな』
ホズミの、余計なお世話を聞き流しつつ。
「補佐はするけど、残党狩りは君の仕事だ。……頼めるかい」
「はい」
リーダーを失ったゾンビの群れは、それでも目の前の新鮮なお肉が気になってしょうがないらしい。
”聖域”の力で接近を躊躇ってるみたいだけれど、じり、じりとこちらに向かってきていた。
あたしは、彼らの顔を順番に見つめて、ふう、と、ため息を吐く。
ゾンビだって、強敵だ。油断しないようにしなくちゃ。
「ところで優希さん。――一つ、約束してもらってもいいですか」
「なんだい」
「この戦いが終わっても、こっそりいなくならないって。あたしや奏ちゃん、ロボ子ちゃんと、しっかりお話しするって」
「え? ……――あー………」
すると優希さん、実に気まずそうにほっぺたを掻いて、
「そりゃ別に、いいけども」
よぉし。言質とった。
「それじゃー手始めに、あたしの身体を、ぎゅってしてもらっていいですか」
「え? それって……」
「もちろん、変な意味じゃないです」
慌てて言う。
なんかいきなり、スキンシップを求めたみたいになっちゃった。。
「移動、しましょ。もっと、ちゃんとした安全地帯に」
「ああ、――そういうことか。わかった。了解」
同時に、《風系魔法Ⅰ》を詠唱。
ふわりと空中を舞い、近所にあった一軒家の上に着地する。
そこから先は、二人の独壇場だった。
あっちへ駆けては、《風系魔法Ⅱ》。
こっちへ駆けては、《風系魔法Ⅱ》。
ゾンビどもを片っ端からやっつけて。
……ただ、小さな問題が一つだけ。
スズランを始末した瞬間から、敵の動きがすっかり散漫になってしまったのだ。
あっちへふらふら、こっちへふらふらって感じ。
――はーい解散、解散でーす。
――申し訳ないが、恋愛沙汰はNG。
――みんなの魔法少女がガチ恋しちゃダメでしょ。そういう職業なんだからさ。
――はぁー、クソ。ミソラにとって俺たちって所詮、仕事上の関係だったってこと?
――ユウ×ミソは地雷なので……。
――信頼関係崩れたらもう終わりなんだよね。
――まあ、一噛みさせてくれたら……許してあげてもいいけど。
連中の、言っているはずのない台詞で聞こえて来る始末。
これは正直、面倒くさい事態になってしまった。
敵の襲撃が起こったのは、夕方頃。
気がつけばとっぷりと、日が沈んでしまったのだ。
あたしと優希さんはその後、ちょっぴり気まずい雰囲気のまま、航空公園のコミュニティへと帰還する。
そこでようやくあたしたち、向こうの状況を知ることになった。
どーにも、向こうは向こうで、ちょっと大変だったらしい。
辺りには、ゾンビどもの死体の、山、山、山。
幸い、死者は一人も出なかったみたいだから、そこは良かった。
けれど屋上を見上げると……「おや?」と思うことが、一つ。
あたしたちの隠れ家、――”移動型マイホーム”が、どこかへ行ってしまっていたの。