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その141 殺意

 襲撃は、潮が満ちていくようにゆっくりで、大規模だった。


「落ち着け、みんな。バリケードを固めろ。連中を押し返すんだ」

「資材を集めて! スーパーガールが外に出たら、壁を全員で補強するのよ」

「お年寄りをマンションの二階に。バリケードは階段に作ること!」

「資材は片っ端から、マンション屋上に運び込め!」


 なんて。

 テント組、マンション組が一緒になって、作業に当たってる。

 そんな中あたしは、道路を埋め尽くすゾンビの群れに向かって、一切の躊躇なく飛び込んでいった。


『――変身(メタモルフォーゼ)


 世界の見え方が変わる。

 視界の隅っこで、汚いおっさんを戯画化(カリカチュアライズ)した化物が現れる。


『おう、おう! せいぜい死なないでくれよな! お前が死んだらさ、ついでに俺も、消えっからよう!』


 ホズミが、出現と同時に大声でがなりたてた。

 それを無視して、バリケードに足をかける。


「おねがい……まけないで!」


 少女の声援に、ウインクで応えながら。


 数百匹ほどのゾンビを前にして、あたしはいま、たった一人だ。

 わら、わら、と。

 駅向こうにある公園あたりから、無尽蔵に湧いて出るゾンビの群れを眺めながら、大きく嘆息する。


 もちろん、戦うのはあたしだけじゃない。


 顔を上げるとそこには、”移動型マイホーム”が浮かんでいた。

 前衛はあたし。そのサポートに奏ちゃん。

 ロボ子ちゃんは今回、戦えない。

 結局あのあと、いろいろ頑張ったけれど……魔力が回復しなかったんだ。


 だからあたしたち、この難局をたった二人で乗り切らなくちゃいけなかった。


――いや。三人か。


 一応、”ゾンビ使い”も含めたら。


 奏ちゃん情報によると、今回の襲撃は、あちら側に多くの戦力が割かれているらしい。嘘か本当か、怪獣みたいなのもいるんだとか。


 敵の目的は、……説明するまでもない。

 あたしたちを”飢人”にすること。

 人間を、皆殺しにすること。


 ただ一つだけ、断言できることが、あった。

 今日、これから、この街で起こっている多くの問題が、解決する。

 ゾンビが勝つか。

 人間が勝つか。

 その、どちらかが選ばれることによって。


 本当は、”ゾンビ使い”と協力して戦いたかった。


 けれどあたしたち、すでに約束を交わしてる。

 お互い、干渉しない。自分たちは、自分たちの持ち場だけを、100%の力で護る、と。


――あたしたちは、目の前の敵を滅ぼす。何がどうあれ。


 手のひらを、ぐにぐにとストレッチ。戦いの準備を整える。

 すでに奏ちゃんは、攻撃を開始していた。周辺に散らばった、怪しい動きをしているゾンビを片っ端から撃ちまくってくれている。


「よし。やるぞ」

『おうおう。がんばれ』

「……うっさいホズミ。黙って」

『無理無理。ぎひひひひ』


 呟いて、そして。

 目の前のゾンビの群れに一匹、奇妙な個体が居ることに気づく。


 右頬から肩にかけて、可愛らしいアップリケを思わせるマークをくっつけたその女は、身長175センチほどで、暗い色合いのドレスを身に纏っていた。


「あれ……まさか」


 あのアップリケで隠された部分が、グロテスクな何かであることを知っている。

 ”ゾンビ使い”から共有された情報によると、――たしか名前は、スズランと言ったっけ。


 一瞬、上空に目配せ。


――奏ちゃん、……気づいて。


 だがついてないことに、奏ちゃんはいま、別のゾンビを狙っているところみたい。

 あたしはしばし目を見開いて、そして、こう言った。


「あなた……ッ。あなたが、スズランね」


 時間稼ぎ。

 絶好のチャンスであることは間違いなかったけれど……スズランの力は、あたしの魔法よりも強い可能性がある。

 できれば、奏ちゃんの狙撃で一方的にやっつけたい。


「答えなさい。……あなた、普通のゾンビじゃない。そうでしょ」


 彼女を取り囲む、昏い目をしたゾンビと見比べれば、一目瞭然だ。

 そこにいる死人は、はっきりと理性の感じられる目つきをしていた。


『ああ、そうだよ。……と、言ったら?』

「ゆるさない」


 我ながら、陳腐な前口上だ。

 周囲に居るゾンビたちも、空気を読んでか足を止めている。

 いまはとにかく、会話を長引かせたい。


『――――――……………』


 すると”飢人”はにやりと笑って、何かを投げつけた。

 二度ほどバウンドして足元に転がったそれは、――アニメ的に戯画化されていても、はっきりとわかる。人間の頭部だ。


「――?」


 その顔を、よく観察。

 白髪交じりのその生首は、女性のものだった。

 その顔に……見覚えがあるかどうかは、自分でもよくわからない。

 ”少女漫画フィルター”ごしには、多くの人の顔が、似たような感じに映るのだ。

 ただその顔が、恐怖に怯えた顔つきであることは、わかる。


「これが、どうかしたの?」


 今どき、この程度のものは見慣れてる。

 生首の隣でサンドイッチを頬張ることだってできるだろう。


 けれどスズランは、あたしの様子に、なんだか乾いた笑い声を上げた。


『なんだ、おまえ。そいつと知り合いじゃなかったのかい?』

「――は?」

『だって、ほら。前に、挨拶してただろ、そいつと』

「………?」


 首を、傾げる。

 向こうから時間稼ぎに乗ってくれるなら、それに越したことはない。

 そんな風に、楽観的に思えたのだ。その時は。


『親しげに話してたじゃないか。「………おねえさーん! ありがとー!」なんて』

「………………………」


 と。

 その瞬間だった。


 あたしの心に、その光景が繋がったのは。


――もし、何か困ってることがあったら、いつでも声をかけてくださいねー!

――だいじょうぶー!

――この街は……あたしが、まもる!

――ありがとー!


 以前、ゾンビの襲撃があったとき、ちょっとだけ挨拶した女性だ。

 あたしが、この辺りのゾンビをやっつけたとき、感謝してくれた女性だ。


 ただ、それだけの関係の、女の人だ。


 ぞわぞわぞわ、と。


 全身、総毛立つのがわかる。


『「ありがとー!」、……「ありがとー!」っつって。あたし声真似、巧いだろ。ひひひひひひ。生前はこの芸で、テレビに出たこともあるんだ』


 つまり。

 この人は。


 あたしと、ちょっとおしゃべりしただけで……殺された……と。

 そういう、ことか。


「あ、……――あなた…………ッ」

『きっとお前が、悦ぶと思ってねえ』


 その瞬間だった。

 あたしの心に、ドス黒い炎が、一気に燃え上がったのは。


 視界の隅に、ホズミが立ち塞がる。


『おいおいおい、落ち着けッ、嬢ちゃん! こんなもん、アホでもわかる挑発だろうが…………!』


 けれどあたしは、止まらない。

 殺す。こいつはあたしが、殺さなくちゃいけない。


『それじゃ、またあとで』


 黒いドレスの飢人は、ゾンビどもの群れに紛れるように消える。

 それに応じるようにあたしは、敵陣へ突っ込んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 否定的なホズミ氏がブレーキ役になるかもしれないから案外いいコンビになるか...?
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