その140 英雄的行動
脚部の破壊、――これが有効打にはならないことは、わかった。
というかそもそも、目の前のコイツをどうにかする方法は、たった一つしかない。
動かなくなるまで、ダメージを与え続けること。
怪獣の退治法など、専門化ではない僕にはわからない。
だがこれは、生き物全般に対して、言えることがある。
血が出る生き物は、殺せる、と。
僕は素早く、狩場豪姫に”自律行動”、『距離を取りながら攻撃』の命令を下す。
そして、ESCキー⇒マップ画面にて、あらかじめ待機させていた個体をクリック。
モニターに表示された視点は、かなり低い。子供の背丈だ。
以前、太っちょの”飢人”と戦った、子供ゾンビである。
現状、僕が扱える最大火力を発動させるにはこの、小さな魔法使いの力を借りる他にない。
僕はあらかじめ、この少年ゾンビ(オボロと名付けた)を近くの建物内に潜ませている。ちょうど、敵が向いている反対側だ。
「よし。やるぞ……!」
覚悟を固めて、僕は呪文を叫ぶ。
「《謎系魔法Ⅰ》……いけ!」
するとその瞬間、見えざるピンクのユニコーンが出現した。
これは矛盾している言葉だ。自分でも何故、そこに出現したそれが”ピンク色”であるか見当もつかない。何故ならそれは、誰の目にも”見えない”存在だから。
だがそれは、たしかにそこに、いた。
『さーて。仏陀とキリストあたりと一丁、居酒屋に繰り出すとしようかな』
そいつは、そのような台詞を吐いた後、さっと姿を消す。
白昼夢でも見ていたような気分だった。意味がわからない。
《謎系魔法》お馴染みの、プラスにもマイナスにもならない謎現象。
眉間を強く揉む。
「もう一度」
呪文を唱える。
すると今度は、《火系魔法Ⅱ》と思われる現象が起こった。
だが僕はそれを、敢えて地面に落として、破棄。
少年ゾンビは、ひどく脆い。
一度でも殴られたら即死するだろう。与える一撃は、必殺のものでなければならなかった。
僕が狙っていたのは、
《火系魔法》ⅣかⅤ。
《雷系魔法》ⅣかⅤ。
あるいは、”とてつもなく恐ろしいもの”の召喚。
このどれかが発動すれば、一度に状況をひっくり返すことができるはずだ。
確率は、甘く見積もって五分の一ほどだろうか?
少なくとも、十分に狙える可能性である。
「こい、こい、こい、こい……!」
ギャンブル中毒者の気分で、手に汗握る。
今賭けているのは、――コインではなく、命だ。
次に発動したのは、《水系魔法Ⅴ》。
温かいシャワーを産み出すこの魔法は、ごく日常的に使うのであれば便利そうではあるが……。
「水系……じゃ、ダメなんだ。――次!」
何も怒らない。たぶん体力回復。
「――次!」
次、次、次、次…………。
僕の声が、やまびことなってその辺りに響き渡る。
「まだまだ!」
《水系》のⅡ。即座に地面へと破棄。
「……こい!」
だらだらと、手から油のような液体が滴り落ちる。
《火系》のⅢ。惜しい。
「…………頼むッ」
空飛ぶスパゲッティ・モンスターが出現。
『ピンクのユニコーン見なかった? 知り合いなんだけど』
そう言って消えた。
「……いい加減に……ッ」
僕が歯がみした、その次の瞬間である。
オボロの足元に、魔方陣が出現した。
僕が考えていた魔法の中でも大当たりに属する、《火系魔法Ⅴ》だ。
「よしッ! 勝った!」
僕は叫んで、マウスの動きで魔方陣の位置を調整、今も暴れ回っている、恐るべきカマキリの怪獣の足元を指定する。
その、次の瞬間だった。
高さ四、五メートルほどの火柱が立ち上り、怪獣がいたあたりを赤々と燃やしたのは。
『ギ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
耳障りな悲鳴が聞こえて、顔をしかめる。
少し前に僕は、試運転がてらこの魔法を使ったことがある。
術を受けた敵ゾンビは、完全に消し炭になっていた。
あの火力なら、怪獣に対しても十分、有効なはずだ。
実際、僕の想像通り、火柱に呑まれた巨大カマキリは、その身体の大半を炭化させ、がくりとその場に倒れる。
見たところ無事なのは、辛うじて効果範囲外にあった片羽の一部と、足が一本だけ。
「よし。あとは豪姫で、とどめを刺す」
そう独り言ち、手慣れた動作で豪姫を使役下に置く。
……が。
それがどうやら、愚策だったらしい。
新たな敵を発見したカマキリの怪獣は、残された命の全てを、豪姫の撃退ではなく、オボロに対する反撃に使おうと考えたようだ。
ぶぶ………ぶぶぶぶぶ……ぶばばばばばば!
片羽が猛烈に振動し、こちらと反対方向、――少年がいる方角へ向かって、怪獣の身体が動く。
まずい、と思った時には、もう遅かった。
僕はまだ、オボロに自律行動を命じていない。
つまりオボロは、自らの意志で動くこともできない。
いまから再び、オボロを使役するとしても、もはや間に合わないだろう。
この、大一番でのプレイミス。
僕は、自身の頬を引っぱたきたくなる想いで、目を見開いた。
……と、その時である。
怪獣の羽を一閃、銀色に輝く剣により、両断した男が現れた。――マッチョくんである。
――無事、だったのか!
僕は目を見開き、彼の活躍を見守る。
カマキリの怪獣は今、想定していたコースを大きく逸れて、付近のコンクリート塀に頭を突っ込んでいた。
『全力で敵を殺せ』。
そう命じておいたマッチョくんは、自分に出来る最高のパフォーマンスで、敵を追撃したのである。
だが、気のせいだろうか。
彼の英雄的な行動に、命令した以上の何かを感じていたのは。
僕には、なんとなくわかる。
彼が命を賭けたのは、僕の命令のため、だけではない。
――子供は、傷つけさせない。
そういう、彼自身の持つ善性というか、優しさ、正義感に関係している。
そう思えた。
だが、彼の行動は、あまりにも無謀に過ぎた。
僕の使役するゾンビたちは決して、防御力が高いわけではない。
彼は、接近戦を挑むべきではなかったのだ。
『ギ、イ……………ッ』
返す刀で、カマキリの怪獣が、鎌を振るう。
その、切っ先。
人間で言うならば、指先の、ちょっと飛び出た爪の部分。
そこが、マッチョくんの首元を掠めた。
ただ、それだけで――。彼の首から上が、遙か上空を舞ったのである。